若隠居の新しい魔界(10)
魔界。そのイメージは人によっても様々だろうが、語感からは、殺伐としたダークな雰囲気が漂う。
現に最初に足を踏み入れたときは、岩と砂、所々に人食いトレントという場所で、魔人たちが種族ごとに分かれて戦いをしていた。
それがどうだろう。
「ぎゃはははは!」
「いいぞー!」
皆が笑い、歓声をあげて舞台に声をかける。
舞台では種族ごとの出し物をしており、今しているのは、呑王たちのベリーダンスだった。
ベリーダンスというのは、古代アラビア発祥の、中東やアラブ文化圏でイスラム教が普及する前に発展したダンスだ。腹部や腰をくねらせる扇情的なダンスで、オスマン帝国のハレムに集められた女性たちが教育の一環として教えられたともされている。
ベリーとは腹部のことで、大抵は、腹部を出して薄いヒラヒラするスカートと顔を半分薄い布で覆った衣装で踊られる、大変扇情的なダンスだ。
しかし、それを呑王たちがすると、目の前のようなダンスになる。
ぽよよんぽよんと体が揺れて波打ち、何がどうなってなぜなのか全くわからないが、爆笑してしまうのだ。
色っぽさの欠片もない。その前に、どこが腹部かもわからない。
「ど、どうしてベリーダンスをやろうと思ったんだろうなあ」
ヒイヒイと笑いながら言うと、幹彦はお腹を抱えて笑いながら答える。
「せつ、説明が、悪かったのかもしれねえ──ププッ!」
もちろん、魔界にベリーダンスなどなかった。教えたのは僕たちだ。
呑王たちは言葉を発することができないので意思疎通が難しいのだが、ある日、どうも出し物について困っていると相談してきているのがわかった。
そこで呑王たちにもできることを考えたのだ。
真っ先に考えたのが、呑王たちが音楽にあわせて跳ねたり輪をくぐったりというものだったが、それは日常に見られる行動とさほど変わりがないと、却下された。
そこで別のダンスはないかと片っ端から相談しながらチビたちにも説明していると、なぜかベリーダンスに呑王たちが食いついてきたのだ。
会場中大爆笑の渦に巻き込まれ、大盛況のうちに呑王たちの出し物は終了した。
全員、深呼吸をして、涙を拭き、笑いの余韻を消そうとしていた。
ああ。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
ところどころに、思い出して噴き出す人、それに釣られて噴き出す人がいるが、概ねは落ち着いた。
それを見計らったかのように、司会の虚王がステージの端に登場し、声を上げる。
「次は、烈王たちによる剣舞です!」
マイクの機能を持たせた魔道具で声が隅々まで届き、拍手が起こる。
ステージとは言っても、ただ少し高くした台だ。緞帳などはない。
ぞろぞろと烈王たちの出演者がステージに上がり、整列する。そして、ピタリと止まった。
「えいっ!」
リーダーのかけ声で、全員が同じタイミングで同じ動きで、剣を振るう。一糸乱れぬその動きは、見ていて気持ちの良いものだ。
ある程度その剣の稽古の型だろうそれをすると、礼をしてステージを降り、今度は槍のグループと交代して同じ事をする。
動きに違いがあり、剣のものを見た後でも見飽きることはない。
そうして型を終えると、今度は木剣の二人と交代した。
次は二人の打ち合いが始まった。
観客は息を呑み、時に溜め息をつき、「おお……」と声をもらし、ステージに目が釘付けになっている。
打ち合う二人は烈王の種族でも手練れの者ということで、これを決めるのに勝ち抜き戦をしたらしい。それで勝ったうちのひとりが、ソウドだった。
二人は何度も、交差し、打ち合い、離れる。
どちらが勝っても、不思議でも不満もないだろうという、そんなエキシビションマッチだ。
やがて、ソウドの木剣が相手の剣をくぐり抜けて相手の首筋にピタリと添えられ、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「見応えがあったねえ」
詰めていた息を吐いて言うと、幹彦も興奮の収まらないまま答えた。
「ああ。どっちが勝っても不思議じゃなかったぜ。
実践ならここに、魔術やら身体強化やらが付くだろ。そうなると、また話は変わってくるしな。
いやあ、面白かった。うん。面白かったぜ」
幹彦は何やら腕組みをしながら、今の戦いを反芻している。
その間にステージ上の二人は笑顔で握手し、仲良くステージを降りて行った。
あの二人も、剣術バカの気配がするな……。




