若隠居の魔界探訪(7)
今日はエルゼで、ポーションや魔道具、幹彦の作った武器類を店に納品して来た。
ありがたいことに、入荷待ち状態だとかで、すぐに売れるらしい。
その後は、トゥリスと一緒に魔物を狩ってその場で野外バーベキューでもと思っていたのだが、トゥリスは会った瞬間動きを止めてこちらをじいと見た。
「え、何? 寝癖とか付いてる?」
慌てて髪をなでつけると、トゥリスは首を横に振って、
「そうじゃない。今までの魔力量とは全く違ってたから、中身を何かに乗っ取られたのかと思った」
と言った。
「そんなことあるのか?」
幹彦が言うと、トゥリスは頷いた。
「いる。中から内臓を食べて、皮を被った状態で乗っ取る魔物がいる」
それを聞いて、ぞっとした。
「怖いなあ。そう言えば、体内に潜り込んで中から食い荒らすミミズっていうのがラドライエ大陸のダンジョンにいたよな」
「ああ、いたいた。
もしそれだったらどうすればいいんだ?」
「すぐに討伐しないと大変。その内他の獲物に移っていくから」
ヤドカリみたいだな、と少し思った。やどかりは、空いた殻を利用するのだったと思うが。
「じゃあ、もし怪しまれてたままだったら、俺たち攻撃されてたのか?」
幹彦が笑いながら言うのに、トゥリスは無表情で頷いたので、今度は僕と幹彦が無表情になった。
「本人です。間違いなく」
「わかってる。チビたちまで騙すのは無理だろうから」
チビたちは胸を張り、僕と幹彦はほっと胸をなで下ろした。
魔界に順応して変わってしまったと言われたが、わかる者にはわかるらしい。
あ、待てよ。健康診断とかで変な事言われないだろうな。
にわかに心配になったが、神谷さんに相談してみようと思いつき、それで少し安心した。
そう考えると気が楽になって、先へと進み、立派なシカを狩ったので焼き肉とシチューにして食べた。
それから日本の家へと帰り、幹彦の家へお裾分けをしに行こうと外へ出たのだが、怪訝な顔付きでチビが見上げてきた。
「ん? どうした、チビ」
訊くと、チビは少し眉をひそめるようにしながら、潜めた声で言った。
「ちょっとフミオ、小さなつむじ風でも出してみろ」
何を言い出すのかと思えば。
「チビ。この世界はダンジョンの外では魔術は使えないよ」
言いながらも、チビの「やれ」という命令で、やってみせた。
「は?」
目の前で小さなつむじ風が起こり、葉っぱがひらひらと舞った。
どうしたことだ。一時、ダンジョンから魔素があふれてくるという現象が認められたが、その後落ち着き、ダンジョンからの魔素の流出は止まっている。
つまり、どうがんばっても魔術をダンジョンの外で使うことは不可能なはずだ。
考え込んでみたがわからない。
しかしチビたちは顔を見合わせて、相談し始めた。
「やっぱりー」
「そう思うでやんすか」
「気のせいではないの」
「そういうことらしいな」
そして、揃って僕を見上げ、代表してチビが言った。
「フミオから魔力を感じる。最初は気のせいかと思ったが、魔術を使うときは、はっきりとわかるほどだったぞ」
それに、幹彦も頷く。
「つむじ風の時のは俺にもわかったぜ」
いや、どうした現象かわからない。どういうことだ。
「魔界に行って順応したっていう、あれか?」
幹彦が言うのに、チビが頷いた。
「恐らくな。これまで魔界やエルゼという魔素のある場所にいたからわからなかったが、地球は魔素がないからようやくわかったんだろうな。
フミオの中に、魔素のないところでも魔力を生み出す魔力炉のようなものができたようだな。それが魔界に順応した方法だったんだな」
目をすがめるようにして僕を見るチビを見ながら、考えてみる。
「ん? 体内で魔素がなくとも魔力を作る?」
「うむ。魔界で高濃度の魔素を大量に体内に入れただろう。それで、それをなじませる為に体がとった措置とでもいうかな。おそらくだが。まあ、前例を知らないから、なんとも言えんがな」
「ううん、浸透圧みたいなものと考えればいいのかな?
いや、理屈はわかったとしても、そんなことが人間にできるの? 僕、人間ドックとかレントゲンとか大丈夫?」
歩く発電機ならぬ発魔力機にされても困る。
「その魔力を押さえて外に出さないように訓練するしかないだろう」
お裾分けどころの話ではなくなってしまった。
「ミキヒコの兄上にはバレるかもしれん。できるようになるまで、日本では家から出ない方がいいな」
チビが言うのに、幹彦も真剣な顔付きで頷いた。
「そうだな。バレてびっくり人間扱いならまだしも、解剖されたりしたら困るだろ」
「そうだね。解剖は、されるよりする方がいいよ」
僕も頷いて同意した。
そうして、お裾分けには幹彦とピーコたちが行き、僕とチビは家へと戻った。
地下室での訓練、再び、である。




