若隠居の魔界探訪(5)
今日もまた、魔界旅行の続きである。
「あ、ぜんまいかな」
これまでと違い、短い草が生えている場所に出たのだが、野草らしきものが生えていた。
「こっちも春とかあるのかな」
「どうだろう。俺、ふきのとうとかわらびとかぜんまいとか、大人になって初めて美味いって思ったぜ」
「まあ、大人の味だよね」
言いながら、野草を摘もうと近付く。
が、すんでの所で手を引いた。ガチッと音がする勢いで、ぜんまいに手を食われそうになったのだ。
「あっぶねえ!」
「やっぱり草も、魔界仕様ってわけだな」
チビが悟ったような顔付きで言った。
手を噛むのに失敗したぜんまいは、先の渦巻きのところをくるくると巻き戻して、何事もなかったかのようにそこに生えている。
「凶暴なぜんまいか」
「まあ、そこまでしては、いらないかな」
僕と幹彦はそう言ってぜんまいから目を離したが、チビたちは足下を見ていた。
「向こうは食う気満々みたいだぞ」
そばのぜんまいやわらびが、いきなり足の方へと伸びて、くわっと食いつきそうになる。
「うわっ!」
跳んで下がると、その近くのマラカスほどの大きさのつくしが頭をぶんと振って胞子を飛ばしてくる。紫色の見るからに危険そうな胞子だ。風を巻き起こして胞子を遠くに飛ばすと、危なくて歩いていられないと、浮遊の魔術で浮き上がる。
幹彦も嫌そうな顔で前聖剣のマントを使って浮き、チビたちも合体モードで浮いていた。
「ここはパスしようぜ」
「そうだな。肉もなさそうだしな」
「昨日の茶色いダイコンは肉の味がしたが、それでもやっぱりダイコンだったからの」
チビたちがすかさず幹彦の提案に乗り、僕たちは草の上を飛んで進んでいった。
そうして草原を通り過ぎ、草原の端にある岩を越えようとしたとき、それが目に入った。
岩の前方は砂地になっていたのだが、その砂地の左右に尖った大岩があった。大岩は高さが二十メートルほどで、その岩山の真ん中には細い道があり、向こうへ抜けるまで五十メートルほどありそうだ。そしてその左右の岩山は元がひとつの大岩だったような形をしていて、道に面した内側は、きれいな垂直の岩壁になっている。
その道の手前にはオーガたちが六人いて、魔人らしきもの五人を追いかけ回していた。振り上げた斧や棒が当たるか当たらないかのところに振り下ろされ、逃げ惑った魔人たちは大岩に挟まれた道に逃げ込んでいく。
するとオーガたちはにやりと笑って、斧や棒を肩に担いで足を止めた。
魔人らしきものたちはオーガたちから逃れようと、大岩に挟まれた細い道を走っていく。すると、地響きがして、左右の大岩が接近していき、道が細く、狭くなっていく。
魔人らしきものたちは驚き、左右の大岩を見上げ、道の先を見、また後ろを振り返る。
このままでは左右の大岩に挟まれて圧死してしまう。それから逃れるには、その前にこの道を走り抜けて行くか、元来た方へ戻るかだ。
走り抜けるには、残りが四十メートルほどもあるので、間に合うかどうか不明だ。
そして戻ると、オーガたちが待ち構えている。
どうしようかと考えて迷っている間にも、ゴゴゴと音と地響きを立て、大岩は迫ってくる。
焦りと迷いに右往左往するその魔人たちの姿を、オーガたちはニヤニヤ笑って、
「戻る方にかける」
「俺は向こうへ走る方へ」
「じゃあ俺はそのままだ」
と賭けを始める。
完全にオーガたちの意識は魔人らしきものに集中しており、僕たちはよく視えるところまでインビジブルで近付くことができた。
やっぱり、魔人に見えたあれは、魔人じゃなかった。
僕は皆に「違う」と首を振ったが、皆もそれがわかっていたのか、半笑いで見ていた。
見ている前で、人型の野菜──今度のものはヒトガタイモというらしい──は大岩に挟まれていき、大岩はぴったりと合わさった。
しばらくすると大岩がまた開く。
そこにあったのは、ぺちゃんこになった黄色い何かだった。
「うめえ!」
オーガたちはそれをむさぼり食い、気が済んだというように、どこかへ歩き去った。
それを待って、僕たちは大岩の隙間の通路に近付く。
「ぺっちゃんこではあるけど、スイートポテトに似てるな」
残ったものを見て言うと、チビたちが周囲を真剣な目で見回す。
「何!? どこかに残っていないか!?」
「それよりも、そのヒトガタの芋はどこに植わっているんだ?」
幹彦も探すようにきょろきょろとし、ピーコ、ガン助、じいが飛んで探しに散る。
「あったでやんす!」
ガン助の声に、僕たちは声のした方へと行く。するとそこには、サツマイモに似た葉と蔓があった。これも野生らしく、たくさん群生しているというわけでもない。
そのうちの一株だけを、抜いてみる。今度のヒトガタ野菜は静かだった。が、動く野菜だった。
「あ、逃げるぞ、こやつ!」
チビが逃げだそうとするヒトガタイモを慌ててのしっと押さえ。幹彦も掴む。
「ハタルもこんな感じだったねえ」
似ている。
「焼き芋、天ぷら、スイートポテト。楽しみだな」
チビはうきうきとして言い、地下室に移植できるように蔓も拾い上げ、一株分のヒトガタイモ七本と一緒に空間収納庫に入れ、素早くそこを後にした。




