若隠居の魔界探訪(2)
様子が変わってきたのは、数日歩いた辺りだった。
岩山に囲まれたちょっとした広場のような所で、十数人の魔人がいた。どの魔人も首から下が地面に埋められている。
捕まっているようだ。
そんな彼らを取り囲むようにして、体の大きく、がっしりとした人型の魔物がいた。彼らは布を巻き付けたような格好だが、肌や髪の艶もよく、体格も立派だ。そして、頭には角が生えている。
オーガと呼ぶべきだろうが、日本人が見れば、間違いなく誰もが「鬼」と呼ぶ姿だ。
そんなオーガは無造作に魔人に近付いて、髪を掴んで地面から勢いよく引き抜いた。引き抜かれた魔人は、
「ギャアアアア!!」
と身も凍るような叫び声をあげて引き抜かれた。
衣服は剥ぎ取られたのか裸で、土まみれだ。
魔人は中央に引き出され、一体のオーガと向かい合わされる。次にオーガは手にクマの爪のような物を装着する。
そして、オーガはぼんやりと突っ立ている魔人を襲い始めた。
オーガの爪が食い込み、魔人の肉を裂く。そのたびに魔人は髪を振り乱し、絶叫をあげる。
そのたびに見ているオーガは歓声を上げたり罵声を浴びせたりしているようだ。
やがて勝負がついて、魔人が地面に横たわって起きられなくなると、勝ったオーガは爪を外し、見ていたオーガたちが何か話しかけている。
そして負けた魔人は、四肢を斬り落とし、胴をいくつかに分け、オーガに配られた。オーガはそれにむしゃぶりつく。
そこまで見て、潜んだ岩陰のこちら側に頭を引っ込めた。
皆も同様だが、幹彦は大きく深呼吸をした。
「魔人を捕まえて、ああやって戦わせてそれを見物して娯楽にしているのか、あいつら」
「しかも、負けたら食べられるようだな」
「辛いでやんすね」
「許せないよねー」
「オーガは十人程度じゃの」
皆、腹を立てているようだ。
「でも、何か変じゃないか? あの魔人。遠くて鑑定できなかったんだけど」
そう言うと、幹彦とチビも頷いた。
「まあな。動きがな」
「もう少し近くから見えればよかったのだが」
それでピーコたちも違和感を覚えだしたようだ。
「近付いて調べてみやすか」
全員、考えは同じだった。
「よし。やるか」
僕たちは、小声でひそひそと相談した。
「よし、やるぞ」
頷き合い、オーガたちに目を戻した。
食べ終えたオーガたちは、残った肉と爪を持ち、離れたところにある小屋へと入っていった。
僕たちは幹彦のインビジブルを使って、埋められた魔人へと近付いて行く。
遠目に見ているときはわからなかったが、ポツリポツリと魔人の頭が並んでいる。
「ん?」
チビが小さく声をあげた。
「どうした?」
小声で訊くと、幹彦も、
「ん?」
と言い出す。
一体何だというのか?
疑問を感じたが、その答えは、魔人に近付いたところでわかった。
遠目には畑から頭だけ出して埋められた魔人に見えたが、違う。
「作物でやんすか?」
「この葉っぱ、ダイコンに似ているようだの?」
上の葉が伸びてむさ苦しくなったゴワゴワの髪に見えるが、ダイコンの葉に似ていた。
そう言えば、時々足が生えたようになっているダイコンとかニンジンとかの写真を見かけたな。まさか……。
抜いてみようと手を伸ばしたら、幹彦が止めた。
「待て、史緒。さっき抜く時、凄い声をあげていただろ。それと、斬られる時にも」
「うむ。マンドラゴラは抜くときに叫ぶというしな。そういう植物なのかもしれん」
「でも、遠目には魔人に見えたよねー。それに、対決みたいなことをしてたけど-」
ピーコがじっと埋められた魔人改め叫ぶ植物(仮)を見て言う。
「形が形だから、訓練にしながら切ることにしているとかじゃねえのかな」
幹彦が自信無さそうに言う。
「……抜いてみたい」
どうしても、抜いてみたかった。土の下は、人型ダイコンなのか。叫ぶのか。
チラリと見ると、皆、それを見ていた。
「どんな味なんだろう」
「ダイコンステーキって、美味いよな」
ごくりと、誰かの唾を飲み込む音がした。
「やるか」
「ダイコン泥棒を?」
日本の法律はここに適用されないのはわかっているが、どこの世界でも、泥棒は褒められたことじゃないはずだ。
「いいや、見ろ。群生しているだけで、畑ではないぞ」
「だったら、泥棒にはならないでやんすね」
お前たち……。
しかし、一理ある。
僕は幹彦と目を合わせ、幹彦が頷くので、頷き返した。
いつでも転移できるように構え、幹彦がむんずと葉を掴む。
「いくぞ。せえの──!」
ズボッ。
「ギャアアアア!!」
絶叫が辺りに響き渡った。
近距離で聞くものではないな、と思いながら、僕は急いで皆を連れてその場から転移して離れた。
そして、安全な所でしげしげと幹彦の手の中のそれを見た。
「ダイコンだな」
「ああ。足と手みたいに見える裂け目があるが、ダイコンだぜ」
動かず、弱っているように見えた、あの姿だった。
「何だ。じゃあオーガはダイコンを食っていただけか」
幹彦が息を吐いて言い、人型ダイコンを地面に置いた。人が寝そべっているように見える。
「はあ、びっくりした。
じゃあ、ちょっと味見してみようか。ダイコンステーキ?」
言いながら、まずは水で洗って、切り分けようと包丁を下ろそうとした。
「ギャアアアア!!」
「うわああ、そうだった!
これは、エルゼでも日本でも調理できないね」
「ああ。通報されるぜ」
僕たちは苦笑して、覚悟して調理にとりかかった。




