若隠居の交渉(4)
岩山と岩山に挟まれた隙間にあるわずかに背の低い植物が生えた斜面にへばりつくようにして、その集落はあった。
集落があったとは言っても、元々あった横穴のほかには、魔物の革を使ったらしいテントのような住居だ。遊牧民の移動式住居を思い出した。
人は皆テントの中で息を潜めているのか、外に出ている人はいない。先に戻っていった魔人がいるだけだ。
「入れ」
ソウドに促されてテントのひとつに入る。
大きな骨と木を組み合わせた骨組みに、縫い合わせた革をかけて屋根と壁にしているのが見えた。テントの中は区切りがなく、半分に敷物として皮が敷かれ、残りの半分は剥き出しの地面で、そこにイスなのか丸太や石が置いてある。
「そこに座れ」
丸太を勧めて、ソウドは向かい側の石に座った。
「失礼します」
僕と幹彦は一言断って丸太に座った。
間にテーブルらしきものもあるが、お茶が出てくる様子はない。
周囲を取り囲むようにしてソウドの仲間たちが僕たちに注目しているので、気分は圧迫面接だ。
「改めて、話を聞こうか」
ソウドがにこりともしないで言う。
「はい。この前まで、大魔王戦を行っていたのはご存じですか」
「もちろん知っている。大魔王戦の始まりは、大きな鐘のような音が鳴り響くので嫌でもわかる。おしまいは、空一面に光の幕が下りるからわかる」
そう言えば、終わった時にオーロラのようなものが見えた。あれはそういうものだったのか。
知っていたという顔付きで小さく頷き、続ける。
「では、今回は、シン魔王とシン剣聖が勝利したというのは」
「いや、それは初耳だ。そもそも、シン魔王とかシン剣聖というのも聞いたことがない」
ソウド以外の皆も、小さく首を横に振る。
そこで僕たちは改めて、成り行きで大魔王戦に加勢することになり、結果、勝ってしまったこと、虚王の持つ本に記載されてそれが認められてしまったことを説明した。
彼らはやはり信じられないという顔をしたが、ソウドが、
「どうでもいい。誰が勝とうが、俺たちの生活が脅かされないのなら」
と言うと、こっくりと頷く。
「先ほども申し上げましたが、その件で新しい方針を決定しましたので、お知らせと協力のお願いに来ました。
全魔人は対等の関係とし、今後は問題が起これば合議制で決定することにします。
ですので、ここも一部族として、代表を立ててこれに参加してもらいたいのです。
各部族の居住地を決め、それ以外は公地として、狩りも水の確保も共有するものとします。ここには、いくつかの植物を移植しましたので、食料事情も良くなることと思います。
ですので、各部族で行われている戦闘に向かない者を排除するといったことはなくなっていくでしょう。
そして、今あなた方が行っている追い剥ぎ行為などをやめ、ひとつの部族として加わっていただきたいと考えています」
ソウドたちは無言でじっと考え、隣の者とひそひそとささやきあいを始めた。それから、自分の意見を口にし始めた。
「それが本当なら、危険なところで暮らさなくても、危険なところでばかり狩りをしなくてもいいのか」
「信用できるのか? 簡単に仲間を放り出すやつらだぞ」
「でも、大魔王戦が終わったのは事実だし」
「終わったことと今の話が信用できるかどうかは別でしょう」
聞こえてくる意見は、どれももっともに聞こえる。
ソウドは腕を組んで考え込んでいたが、スッと片手を上げて皆を黙らせると、静かに言った。
「話し合う時間が欲しい」
そうして、僕たちをテントに残し、ソウドたちは出て行った。
「どうなるかなあ」
言いながら、物珍しげにテントの中を見回す。
「モンゴルのゲルって、こんな雰囲気かな」
「危なくなったらすぐに移動できるようになってそうだな。
まあ、どうしても無理そうなら、今度は各部族の王を連れて来てここで会談するしかねえかな」
幹彦も言いながら、テントの中を見回している。
「どのくらいいるんでやんすかね」
「うむ。周辺のテントや穴蔵にいるが、百はおらんか」
「今後大魔王戦がないとなれば、追放もなくなるだろうし。この部族も、これ以上は増えんだろうの」
「仲直りできるといいねー」
そんなことを話しながら、まだ決定まで時間がかかるだろうと、空間収納庫から出したお茶とお菓子でくつろぎ始めたのだった。




