寝耳に水の大事件
翌日、エルゼへ行こうと地下室へ行きかけた時、電話が鳴り出した。
「何だ……え、マンションの管理会社?」
突然ここから電話が入るなんて、不吉な予感しかしない。
「何だろう。空調設備が壊れたとか?それとも壁面がはがれたとか、天井か床が落ちたとか、水道管が破裂したとか」
嫌々だったが、湧き上がる不吉な予感を抑えつけながら電話に出た。
「はい。麻生です」
途端に、うちの担当の営業マンが焦ったような声をあげた。
『ああ、麻生さん!大変です!』
胃がキュッとなる。一体どの大変なんだろう?
しかし返って来た言葉は、予想をはるかに超えていた。
『マンションの裏に未発見のダンジョンがあったらしく、氾濫を起こして、マンションが!』
ふうっと気が遠くなった。
「史緒!?」
「フミオ、しっかりしろ!」
幹彦が慌てて体を支え、チビが大きくなって背中の下に入る。
『麻生さん!?麻生さん!』
電話の向こうから声がして、僕は気を取り直した。
「すみません。それで、どの程度の被害が」
『テレビを点けてもらえたら中継でもやっていますけど、ダンジョンの外に出た魔物にはミサイル攻撃できるんじゃないかと自衛隊が攻撃したのもあって、崩落しました』
幹彦が漏れ出る声を聞きとってテレビを点けに行った。
画面にはもうもうと土煙だか爆炎だかが立ちこめ、その奥に、廃墟と化したマンションと岩などでできているというゴーレムが見えた。
そのゴーレムが腕を振るうとマンションの壁面が容易く破壊され、そのゴーレムに向かってミサイルが飛ぶと、爆発の後、ゴーレムは壊れていたが、マンションも壊れていた。
「……これ……うちの、マンション……?」
床にガックリと膝を着く。
「うおお、凄いな」
チビは声を上げ、幹彦は気づかわし気な目を僕に向けた。
『今現地にいるんですが、できればこっちに』
「……わかりました。今から向かいます」
電話を切ると、引き攣った笑いが浮かんだ。
「建設にかかった費用のローンはそのまま残るんだよな、こういう時」
「史緒、それって」
「億だよ、億」
「……隠居してる場合じゃなくなったぞ」
幹彦が言うのに僕はガックリと首を垂れ、現場に向かうべくよろりと立ち上がった。
マンションは──いや、元マンションは、すっかり崩れ果てて瓦礫の山となってしまっていた。
万が一魔物がダンジョンから溢れ出してしまった時は、大多数の国民の命を守るために、一時的に個人の持ち物などを接収したりすることができると法律で定められており、マンションは壊してしまう事に決まったらしい。そしてその事で、僕も住んでいた住人も、文句を言えないのだ。
住人は取り敢えず用意された住居に入ったあと、国からそれなりの手当てをもらって新しい住居に引っ越す事になるそうだ。
でも僕は、何もない。まあ、完全に壊して更地にするところまではしてくれるそうだから、壊す費用と瓦礫の撤去費用だけは出さずに済んだと喜べと言うのだろうか。
マンションを建てた時の建設会社も、建設費のローンを組んでいる銀行も、ローンをチャラにはしてくれない。
「ああ……虚しい……」
色んな人が、機械的に、あるいは同情的に説明してくれたが、僕が安穏と隠居生活を送る計画は、先送りになりそうだ。
チビはくうんと鳴いて濡れた鼻先を押し当て、幹彦は肩を叩いて元気付けようとしてくれている。
「何で気付かなかったんだよぉ」
マンションの裏にある山は、いわゆる相続人が不明になっている山で、ダンジョンの管理不行き届きで裁判を起こそうにも、それで解決できる確率はゼロだ。
「とにかく、現場に行くか」
重い溜め息をついて、僕はイヤイヤ立ち上がった。
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