若隠居の祭り(3)
当日は朝から快晴で、ワクワクしているチビたちを連れて朝から市民グラウンドへ行くと、人出は相当なものだった。
並んだ屋台には既に客が列を作っているし、ビールで乾杯する人たちもたくさんいる。
グラウンドの端に駐められたステージカーでは、今はテコンドーの演舞をしている。ほかにも、合唱や手品やバンド演奏などが行われる予定だ。
「焼き肉は十一時からだからまだ時間があるな。何か食べるか。何がいい?」
訊くと、待ってましたと言わんばかりに尻尾を振りながら屋台にそわそわと目をやる。
「お好み焼きが美味そうな匂いがするぞ」
「わたし、たいやきー」
「おいら、フランクフルトがいいでやんす!」
「わしはとうもろこしがいいの」
どうせ、それは一個目で、全部試してみるに決まっている。
「はいはい。じゃあ、順番に回ろうか」
「はぐれるなよ」
並ぶ屋台に目を奪われてそわそわと落ち着きのないチビたちを連れて、僕たちは屋台を回り出した。
リンゴ飴をガリガリとかみ砕いてそばのお年寄りに丈夫な歯をうらやましがられ、綿菓子は口に入れた途端に消えたと大騒ぎし、鯛焼きは中のあんこの熱さに転がりまわりかけた。ビールの屋台ではカクテルもあったので、僕はソルティドッグ、幹彦はシャンディガフを買う。ソルティドッグはウォッカとグレープフルーツジュースを混ぜたカクテルを飲み口の周囲に塩を付けたグラスに入れたカクテルで、さっぱりとしている。シャンディガフはビールとジンジャーエールを半々で混ぜたカクテルで、こちらも飲みやすい。
どちらも入れ物はプラスチックのカップだ。
順番に屋台を回っていると、探索者協会のブースの前に辿り着いた。
「やあ」
顔見知りの職員が、笑顔で声をかけてきた。
「こんにちは。盛況のようですね」
展示資料には子供も大人も群がって、興味深そうに写真や牙などの実物を見ていたり、レプリカの剣や槍や盾を持って剥製の魔物と記念写真を撮ったりしている。
そしてチビたちのお目当ての焼き肉は、まだ肉はセットされていないまま、大きなBBQコンロが二つ並んでいた。
「丸焼きじゃないのか」
チビが拍子抜けしたように言った。
串に丸ごと刺してぐるぐると火の上で回して焼くスタイルを想像していたらしい。
「いや、あれだと時間がかかるのとスペースの問題で、実行委員から許可がおりなかったらしいです。今度ダンジョン祭をするときには、魔物一頭丸焼きで行くと支部長が張り切っていましたよ」
職員はそう苦笑して、
「今日の肉も、是非、食べ比べてくださいね」
と言い添えた。
「うむ!」
チビもピーコも胸を張り、ガン助とじいは頭を出して緩く振った。
その時、グラウンドのそばの道を、パトカーが数台サイレンを慣らしながら走って行った。
「何かあったのかな」
呟くと、職員は声を潜めながら答える。
「何か、強盗が逃走中らしいんですよ。この近くに逃走してきた車を乗り捨ててあったとか、スマホのニュースにありましたよ」
怖い話だ。今日は人でごった返しているので、こんな所で暴れでもしたら大変だ。
それでまた時間前に来ることを約束して、僕たちは屋台巡りに戻った。
それで屋台も首尾良く一周した頃、そろそろ時間的にもちょうどいい時間になっていたので、探索者協会のブースへと戻り始める。
「いよいよ神戸ビーフだな」
「柔らかくて香りがよくて旨味があるって言ってた-」
「楽しみでやんすねえ」
「いい冥土の土産になりそうだの」
ウキウキと尻尾を揺らして歩くチビと肩に留まるピーコは人目を引き、「かわいい」という声がひっきりなしに聞こえる。それがまた、チビたちをいい気分にさせていた。
探索者協会のブースの近くに来ると、職員がキョロキョロして立っているのが見えた。
「あれ。どうしたんです?」
幹彦が訊くと、職員は、
「肉を運んでくるトラックを待っているんです。もう着くはずなんですけど」
そう言いながら伸び上がって入り口の方を見る職員に釣られるようにして、僕たちもそちらを見た。
遠くに、白いトラックが見えた。
「あ、来ました!」
ほっとしたように職員が言い、僕たちもほっとした。
しかし次の瞬間、トラックと僕たちの間の人波が崩れ、悲鳴が沸き起こった。




