若隠居の魔界大戦争(1)
騒ぎが収まり、それを神谷さんに連絡を入れて報告した。クーデターが失敗し、今度こそ陰王に反対する勢力が消えたことに、神谷さんも安堵していた。
ただでさえ弱いのに、自分たちから攻撃をかけて負けて地球にも害があっては困る。それなら今の、とりあえず魔界の力は放棄するから最低限の領地とそこにつながっている地球の安全を確保できる案がいい。
「それにしても、魔界も大変だなあ」
地下室で採れたズッキーニにブタのスライス肉を巻き付けながら言う。
ナスやにんじんやズッキーニや長芋などにくるくると巻き付け、塩、こしょうを振って焼くか照り焼きにするのだが、肉のジューシーな旨味を野菜が吸って、美味しくて彩りもいい一品だ。それに、野菜も無理なく一緒に食べられる。弁当のおかずにもお勧めだ。
「でも、魔界の戦いに巻き込まれるのって怖いよなあ」
「魔界は魔界、地上は地上じゃだめなのかよ」
幹彦もブツブツと文句を言う。
「強いのが地球とつながっていればともかく、最弱の陰王だからな。戦いで勝てないなら、負けないようにしてくれんとな」
チビがそう言って頭をカシカシと掻いた。
「最低限の領地だけって条件、いつまでもきいてくれるのー」
ピーコが恐ろしいことを言い出す。
まあ、考えなかったとは言わない。先送りにしていただけだ。
「長いのを願うしかないかの」
「陰王の配下の皆が強くなることは不可能なんでやんすか」
それについて考えてみたが、よくわからない。
「ほかの強さがわからないからなあ。
最弱のアイナたちですら、地上に近いところに出てきて弱っている状態でもドラゴン程度には強そうだっていうんだから。強い魔人っていうのは、どれだけ強いんだろうねえ」
そう言うと、幹彦も苦笑した。
「想像もつかねえから、挑むって気も起きねえよなあ」
「全くだな」
チビも同意し、僕は内心ほっとした。
チビと幹彦が「大魔王に挑む」とか言い出したらどうしようと思っていたのだ。
「そう言えば、あの虚王ってやつは何をしているんだろうね」
ふと思い出したのだが、不安になってくる。
「アイナもオーリスも何も言ってこないからなあ。ほかの烈王や呑王の観測に忙しいんじゃねえのか」
言いながらも、幹彦はどこか不安そうに眉を寄せる。
「こっちにちょっかいをかけてこないならまあいいんだがな」
チビが言って、僕も幹彦も不安を誤魔化すように野菜に肉を巻くことに熱中した。
港区ダンジョンへ行くと、貴婦人のメンバーと会った。数日前にこちらに戻ってきたそうだが、「バイブル」を渡して来たと、嬉しそうに言っていた。
まあ、彼女たちと、もらったアイナとサチャがいいなら別に何も言わない。
「バイブルって何だろう」
考えながら言うと、幹彦が答える。
「恋愛小説じゃねえのか」
「色恋は、どこでも人気だからな。世界も種族も関係なしに」
チビが言い、不意に出てきて遭ってしまったブタの魔物を無造作に倒した。
それを回収して、
「いい肉が手に入ったぞ。これ、ブタはブタでも、レアものの極上ブタだよ」
とほくほくしながら家へ帰ることにして、エレベーターで一階に戻り、ゲートを出た。
「ああ、ラーメン食いたくなってきた。チャーシューがいっぱいのやつ」
幹彦が言うと、チビたちも口々に騒ぎ出す。
「味噌ベースがいいのう。もしくはしょうゆでもいいかの」
「卵も欲しいでやんす」
「野菜を炒めて乗せて-」
「チャーシューはトロトロのやつを厚切りでたくさんだ! 自家製のやつがいい!」
以前、豚肉がたくさんあったのでチャーシューを作ってみたのだが、好評だったのだ。豚肉の塊を軽く焼いて、たっぷりの湯で水から一時間半ほど煮込む。それを、しょうゆ、酒、みりん、おろしニンニク、おろししょうがと一緒に袋に入れて一時間つけ込んで、フライパンでつけだれをかけながらもう一度焼く。そうすると香ばしくなるのだ。
時間はかかるが、割と放っておけるし、手順そのものは簡単だから、たくさん肉があり、たくさん食べる我が家では、時々作るようにしているのだ。
「今日は無理だから、また明日以降だね」
言いながら、皆で足取りも軽く買い取りカウンターのあるロビーへと入る。
その時、僕たちを見た職員が立ち上がって、急ぎ足で近付いて来た。そして、小声で囁くようにして言う。
「緊急事態です。すぐにダンジョン庁に連絡を入れて欲しいとのことです。部屋と盗聴防止の電話を準備していますので、こちらへ」
僕たちは表情を引き締めて、職員の後について関係者以外立ち入り禁止区画に足を踏み入れた。
やっぱり不安は現実の物になったのだと知るのは、すぐあとのことになる。




