若隠居とエルゼの魔界ダンジョン(3)
岩のくぼみはもう乾いている。彼らの言うことによれば、出てくる液体が違うものらしい。
そうとなれば、当然、それを汲むのは僕ではない。幹彦に汲んでもらおう。
幹彦がくぼみにポーションの空瓶をあてがうと、液体がにじみ出てくる。僕はそれをよく視る。
「お、凄い。欠損した体の一部も再生させるんだって。最高の再生医療だぞ」
興奮してしまう。これが地球にあれば、どれだけの人が救われるだろう。
チビが教えてくれた。
「『神の慈悲』というものだな。当然、死んだ者には効果が無いし、病気にも効果がないぞ」
岩にしみ出すといっても、無限に出てくるというものでもないらしく、ほんの数口分で液体はしみ出してこなくなった。
「それを売ったら凄いことになりそうだな」
幹彦も興奮を露わにしている。医療の革命になるだろうというのは、誰が聞いても想像が付く。
しかし、ここで僕はガッカリとすることになった。ほかのポーションなどと違って、構成式などが視えてこないのだ。
「ふむ。流石に大量生産は無理なようにできているのか。死者蘇生よりは許されるとは言っても、自然の摂理を無視したもの、まさに神の慈悲という奇跡でしかないというわけか」
チビが納得したように言い、僕も幹彦も、正直がっかりした。
しかし、人間は神ではない、おごるな、という戒めのようなものかもしれない。
神の慈悲は一回分だけを出し、それ以後はただの水でさえも出さない。どういう仕組みかわからないが、ここに至った冒険者ひとグループにつき一回分だけを出すようになっているらしかった。
良かった。僕が汲んでいたら、ただの水が出てくる可能性が高かった。
いや、雨水とかだったかもしれない。流石に雨水だったら、泣きそうだ……。
気を取り直して、周囲を調べてみることにした。
「王はいないでやんすかね」
「ここはどの王のテリトリーなんだろうな。
チビも知らないか?」
幹彦の問いに、チビは首を振った。
「魔界云々は、この前初めて聞いた」
そこでトゥリスにも事情を話しておくことにした。一応、あまり大っぴらには話さない方がいいかもしれないとは言っておいたが。
しかし話を聞いたトゥリスは、首を傾げて言った。
「ドラゴンに伝わる古いおとぎ話で、古竜が、戦いに満ちた世界からこの世界にやってきて、今のドラゴンを生み出したとなっている。その話は本当だったのか。驚いた」
真顔でトゥリスは言うが、聞いていた僕たちこそ驚いた。
「古竜だって!?」
「それって、凪王ではないのか!?」
「驚いたね!」
驚き、そして同時に、岩を見た。
「この奥か」
しかし、確か魔界は魔素が濃すぎて、ヒトには耐えられないと言っていた。
どうにかならないものかと、僕は岩を睨み付けたのだった。




