若隠居と再びの北海道(7)
これは重大事案だ。僕たちはすぐにダンジョンを出て、ダンジョン庁の神谷さんに連絡を取った。
すぐに報告が上へ上げられ、政府としては素早く反応し、アイナとサチャとの秘密会談を設定した。
以前、某国スパイをおびき出す作戦のためにダンジョン封鎖をしたことがあるが、あちらはゾンビやレイスや骸骨ばかりの不人気ダンジョンだったために誰も文句を付けなかったが、このダンジョンは大人気なのでダンジョン封鎖は難しい。
そこでダンジョンの外でとなったのだが、魔界に比べてダンジョン内ですら魔素は薄い。ダンジョン外に至っては魔素がない。
それは魔界に棲むアイナたちにとっては、苦しいものらしい。酸素の多い平地から酸素の薄い高山に登ったようなものではないだろうか。
そこで、ダンジョンのゲートの外ではあるが魔素がある、探索者協会の一室での会見となった。
「なあ。俺たちも同席しないといけないんですか」
小声で神谷さんに幹彦が言うと、神谷さんは、
「当然です。話を持ち込んできたのはあなたたちでしょう。それに、自称魔族の方々の唯一の知り合いなんですから」
と同じく小声で返した。
「そうだけど、自称はやめてあげねえ?」
「まあ、それを裏付けるのは難しい……というより不可能だと思いますしね」
僕も言って、青い顔をして調子悪そうにしているサチャと、仮面のせいでまったく顔色や表情はわからないが、フラフラと上体を揺らしているアイナを見た。
「あ、そうだ。魔素が少ないのが原因なら、魔素を含んだ物を飲食したらましになるんじゃないかな」
思いついて言うと、幹彦もぽんと手を打った。
「なるほど。登山の時に酸素吸入するみたいなもんか」
それで神谷さんもなるほどと頷いた。
「わかりました。コーヒーよりそういうものがいいですね。何か適当なものを頼みましょう」
そう言って神谷さんは部下に指示を出し、部下は小走りでその場を離れた。
しばらくするとダンジョン産のフルーツを絞った生絞りジュースが運ばれてきて、アイナとサチャの前に置かれた。
「ダンジョンのフルーツで魔素を含んでいるから、多少はましになるかもしれませんよ」
手を付ける元気もなさそうな二人にそう勧めると、
「私は護衛だ。それはできない」
と、座ることも拒んでアイナの背後に立っていたサチャが言うが、アイナが小さく首を横に振った。
「いいから、座って。それと、いただこう。これじゃあ話もできないでしょ」
それでサチャは渋々座ってグラスに手を伸ばしたが、「助かった」と顔には書いてある。
二人はストローでジュースを一口飲み、一拍おいて、もの凄い勢いで飲み始めた。
「ちょっとましになったみたいだ。感謝する」
サチャが神谷さんに目を向けて軽く頭を下げたとき、政府側の要人が到着したらしく慌ただしくも緊張した雰囲気が伝わってきた。
そしてほどなくしてドアが開き、総理大臣とダンジョン庁大臣がSPに囲まれて入室してきた。
世紀の会談が、始まろうとしていた。




