若隠居と再びの北海道(4)
会議室には、五王と呼ばれる魔界にいる五人の王の一人である陰王とその側近、その陰王の配下を代表する三傑、五軍の幹部が集まっていた。
「我々はずっと押され気味で、どうにかここで息を殺すようにして生き延びていたが、そろそろ限界です」
一応は軍師であるひとりが言うと、三傑のひとりでもあり、王の従兄にあたるベネが椅子にふんぞり返りながら言った。
「こっちから攻めればいいじゃねえか。前陰王もビビってたけどよ」
それに、同じ三傑のひとりであるグルワナが眉をピクリとさせたが何も言わず、代わりに、王の補佐官であるサチャが抗議の声を上げた。
「不敬が過ぎますよ。
それに戦力差を考えた事があるんですか。
悔しいですが、烈王の部族は数も多いし手強い。呑王の部族はとにかく触れたところから問答無用で襲ってきて、躊躇も恐怖もない。貪欲に勢力を広げているこのふたつの勢力に、立ち向かうのは厳しいです。
虚王は観測する役目だから何も仕掛けてきてはいませんが、おもしろいと思ったらなんでもするたちの悪い王です。下手な時に介入されれば、万が一優勢であってもひっくり返されます。
凪王はマイペースで、自分のテリトリーに入れば容赦はしないですが、反対を言えば、それ以外には興味もない。同盟を組むのも難しいでしょう」
それに対し、ベネがイライラと腕を組んで言う。
「なけりゃあ、増やせばいいだろうが。俺らのテリトリーの現地人を引き込んで、兵士にしてしまえばいい」
それに、サチャ、グルワナ、軍師が異を唱えた。
「地上の生物など、我ら魔人に比べると弱すぎて、力になんて到底ならない。すぐに死んでしまうだろう」
「死ねば次のを連れてくればいいだろう」
「ベネ!」
「それとも何か。俺らよりも地上の生き物の方が大事だとでも言うのか、陛下は?」
それで、何も言わずにいた小柄な人物が、ピクリと肩を振るわせた。
黒いローブを着、顔には仮面を被っている。性別さえもよくわからない姿だが、つい先日王が死んでその一人娘であるアイナがその地位を引き継いだというのは、誰でも知っている。
アイナは無口で、昔からあまり顔を出してこなかった。なので、どの程度の力があるのかも、知られてはいない。
「ゴラオも、兵士を補充すれば戦いに行けると言ったら、嬉しいだろ?」
ベネに言われ、三傑のひとりゴラオが喜色を浮かべた。
「おで、嬉しい! やつらを叩ぎ潰す! やっつげる! おで、強い!」
目で訊かれたグルワナは、
「私は陛下の決定に従うのみ」
と答える。
「弱腰の姿勢を続けてたんじゃ、俺たちは滅ぼされるぜ。
なあ。王の子供が残りひとりだったから陰王は自動的に決まった。でも、それで良かったのか。強いリーダーが必要なんじゃねえのか。俺と、決闘して決め直した方が、いいんじゃねえのか」
ベネが言い、部屋中の空気が凍り付いた。
それでも王は、微動だにしない。
「フン。乗ってこねえか」
ベネは面白く無さそうに鼻を鳴らし、サチャはベネを思い切り睨み付けた。
「ま、まあ、各人でもう少し考えるということで、今日は……」
軍師とは名ばかりの温和で平和主義の老人は取り繕うように言って、それでアイナとサチャ以外は席を立って部屋を出て行った。
それを確認してから、サチャはアイナの仮面を取る。
アイナは泣き出しそうな顔で、失神していた。
「陛下。陛下! 姫様! アイナ!」
「ふわあ、ごめんなさい! あれ?」
「はあ……」
サチャは大きな溜息をついた。
「今まではあんな脳筋バカの意見に本気で賛同するやつはいなかったけど、もう手段がない今は、一か八かであいつに乗るバカが出るわよ」
アイナはそれを聞いて泣きそうな顔になった。
「私に言われても……。本当にもう、ベネに陰王を譲るとか」
「皆で滅亡するだけよ。それも、テリトリーの世界ごとね」
「ああ、もう嫌。やっぱり嫌。家出したい。せめて、もう一回さっきの甘いお菓子を食べたい」
「はあ……。仕方ないですね。帰ったらちゃんと対策を考えるんですよ」
「憂鬱だわあ」
二人は大きく溜息をつき、肩を落とした。




