若隠居とエルフ(5)
ぼんやりとした人の背後につくエルフが、太い首輪に何か液体を注入する。すると首輪がドクドクと波打ち、それと同時に、首輪をはめられている彼らは目を見開いた。そして次に恍惚とした表情になる。
その彼らの背後から、エルフが彼らに命令を下す。
「そこの男二人の足に向かって風をぶつけろ」
言われた被術者は、よだれを口の端から垂らし、定まらない目つきのまま、魔術を放った。
弱い風ではあったが、足に斬りつけて動きを止めるくらいはできる強さだ。
それをキャンセルすると、隣は同じように命令されて土の弾を飛ばして来、その隣は風を放ってきた。
それらを全てキャンセルする横で、エラリィが叫ぶように言った。
「人族!? 人族まで敵に回したのですか! 戦争になりますよ!?」
クレストはニヤリと笑った。
「冒険者に死はつきものだろう。ここまで調べに来ることもない」
僕はその間、じっくりと視ていた。
「どうだ、史緒」
幹彦が訊くのに、答える。
「あの首輪は、トレントの一種を使ったものみたいだな。そのトレントのことは前に図鑑で見たけど、動物を捕捉して支配下に置き、夢を見ているような状態にするらしい。それでその動物に樹液を注入することで、養分となる獲物を捕らえさせたり、その支配下に置いた動物そのものの栄養を吸い取ったりする性質があるんだって」
エラリィがそれに驚いた顔をした。
「ブラッディトレント! じゃああの注射した液体はブラッディトレントの樹液か!」
クレストは自慢げに笑った。
「魔物を植え付ける実験は失敗したが、これは成功だな」
幹彦は嫌そうに
「やっぱりお前らの仕業か」
と言う。
「頭と胸に魔物を移植していたのは、頭と心臓のどちらで魔術を使うのかわからなかったせいですか」
冷静に思い出しながら訊く。
「そうだ。魔石は心臓の近くにできるが、考えるのは頭だろう」
そう言ったのは別のエルフで、彼が実験の主導者なのだろう。
「どれも皆、暴走するか、体に不調を起こして死んだ。
それで発想を切り替えた。人族の魔法を使える冒険者を意のままに扱えればいいとな。どうだ。驚いただろう」
幹彦が怒りをこらえるようにして言う。
「ああ、驚いたね。とんだ外道だぜ」
「あなたたち、心は痛まないのですか!」
エラリィが叫ぶが、彼らには届かないらしい。
「これは単なる魔法を撃つ機械だろう」
「そうだ。風も水も火も土も、属性を揃え、数を揃えれば、ほかの獣人族にも人族にも勝てる! ははは! 天才だろう!」
クレストはそう得意そうに言って笑い、こちらは苦いものをこらえた。
「吐きそうだな」
「ああ。こいつはのさばらせておいてはいけないヤツだぞ、フミオ、ミキヒコ」
チビが唸り声をあげながらそう言って睨んだ。
「そうはさせない! こんな実験、許されません。精霊が、二度と我らエルフを許しませんよ!」
エラリィが言った時、背後から足音が響き、門番を先頭にして数人が走って来た。
「兄さん、これは看過できません。大人しく投降して、裁きを受けてください」
そう、門番の後ろから出てきた人物が言うと、クレストは顔をしかめた。
「いつもお前は……!」
そして歯をかみしめ、下を向いてから、肩を震わせる。
「いいだろう。次期族長として、族長と話し合いをしよう」
そう言いながら、こちらへ足を踏み出して来る。
ちらりと幹彦が僕に目を向け、それに僕は小さく頷いた。
わかっている。捕まっている人の解放のために、解析をしろってことだな。
そう考えて首輪の壊し方を考えていると、クレストがすれ違いざまに片手を上げるのを視界の端で見た。その直後、首に何かが巻き付いた。
「ん?これは前にも似たような……」
「史緒!?違あう!試してみるなと言ったんだぜ!」
幹彦が叫び、チビが唸り声を上げるのが聞こえる中、僕の首に、前とはデザインこそ違えど首輪が巻き付いているのがわかった。
「あ、ごめん。興味がわいて」
てへ、と笑う。
「お前が魔術士だろう。はっは!」
クレストが勝ち誇ったような笑い声を上げ、首輪からは小さな突起が出て皮膚の下に潜り込もうとしているのを感じた。




