若隠居とエルフ(2)
追われていた方は革の防具を着けており、剣は幅広の片手剣を使っていた。キリッとした美人で、女性ばかりの某有名歌劇団の男役でもできそうだ。
追っ手の男も革の防具を着けていたが、どこかひょろりとした優男という印象を受けた。だが、細い剣を一応は扱い慣れているように見える。
追っ手の女は勝ち気そうで、以前ダンジョンで見たローブの三人組と同じローブを着ていた。弓を構え、矢を射かけている。
「計画をもらされて獣人連合に邪魔をされるわけにはいかない。ここで死ね」
男が言いながら剣で突き込む。それを追われていた方が払いのけると、それを隙と見たか、追っ手の女が矢を射る。
その矢を辛うじて女は避け、男を女の方へと蹴り飛ばす。
「こんなことをしても、精霊は戻らないし、戻っても精霊が私たちを許さない!」
女の叫びに、追っ手の女が憎々しげに唇を歪める。
「精霊の助けを借りなくても魔法が使えれば問題はないのよ」
「だからって!」
「全てはエルフのためだ。エルフはかつての力を取り戻し、この大陸を統べるべきだ。なぜそれがわからない!」
男は言って、剣を構えて飛びかかって行く。
「脳筋女もそろそろ毒が回って来たんじゃないの」
それに合わせて追っ手の女は矢を次々に射かけ、追われていた女はその対処に追われた。
斬りかかられるその瞬間、僕たちは躍り出た。
「おおっと、助太刀するぜ!」
幹彦は男の剣を弾いた。
チビは唸り声を上げて追っ手の女を睨み、ピーコ、ガン助、じいは緩く追っ手の男女を半円状に囲むようにして間に入る。
僕は追われていた女に近づき、視る。軽いマヒが効き始めているようなので、解毒と、肩の矢傷の回復治療を行う。
「お前たちは何者だ!?」
男がそう言うので、答える。
「旅の隠居だ」
「冒険者も兼業しているがな」
これで分が悪くなったと思ったのか、男女は舌打ちをして、素早く踵を返して逃げた。
女はそれを見て安心から気が抜けたのか、その場に座り込んだ。
「ありがとうございます……くっ」
それをとっさに支え、「じゃあこれで」といかなくなってしまったのを、僕はひしひしと感じていた。
女騎士のようなエルフはエラリィ・ヘインツと名乗り、その場で丁寧に頭を下げて礼を言った。ある種、聞いていたエルフ像から外れている。
それが伝わったのか、エラリィは苦笑を浮かべた。
「どうも今のエルフの中心一派はああいう礼儀のなっていない連中で、ほかの獣人族の皆からは、かなり悪いイメージを持たれているらしいですね。まあ彼らからすると、私は魔法復活に興味もない脳筋の変わり者だということらしいですが」
いい機会だと思ったので、訊いてみた。
「以前竜人族の集落近くのダンジョンで、頭と胸にネズミを移植したおかしな獣人と会ったんです。その彼は結局死にましたが、その時、彼を取り押さえようとしていて、僕たちに気付くと姿を消した三人組がいたんです。さっきの彼らと同じローブを身につけていたんですが」
エラリィは眉を下げ、溜息をついた。
「彼ら、懐古派でしょう」
そう言って、エルフの郷の現状を話し始めた。
エルフも精霊がいない今は魔法が使えないのだが、その中で、どうにかして魔法を使えるようにしようという懐古派と呼ばれるグループと、現状に合わせて生きていけばいいじゃないかという革新派に分かれているらしい。
懐古派の中心クレスト・フィードは族長の長男で、エルフが大陸の覇者となり、そのトップに自分がつきたいという野望を持っているらしい。
革新派の中心リイライ・フィードは族長の次男で、獣人とも仲良くするべきであり、人族とも仲良くしたいという融和派であるらしい。
この二人は兄弟ではあるが、性格が反対で子供の頃から仲が悪く、もう百年以上用事以外で口もきいていないらしい。
「ちょっと待った。百年?」
幹彦がたまらずといった風に訊き返すと、事もなげにエラリィは答えた。
「あ、はい。クレスト様は百五十歳、リイライ様は百四十歳ですから」
訊いてはいけないと思いながらも、目の前にいるエラリィの年齢が気になっていると、チビが訊いた。
「エラリィ、お主も若く見えるが何歳なのだ」
「あはは。私は若造ですよ。ほんの八十歳ですから」
チビ以外の皆は呆気にとられていた。
「お恥ずかしながら、懐古派は、ハーフを使って非人道的な実験を繰り返していたようなんです。
魔物は精霊なしに魔法を使えるので、それを利用すれば魔法を使えないかと」
僕たちは真顔になって訊き返した。
「それで、移植ですか」
「はい、らしいです。私もそれを知ったのがついさっきで、知ったことが見つかって、こうして追われていたんです。
ただ急いでほかの皆に知らせないと、ほかにもまだ捕まった人がいたので……」
「それは大変だ。あんなものを移植されて、無事に生存できるわけもない」
埋め込むことそのものはポーションで強引にできても、拒絶反応が出て当然だ。恐らく日本なら中学生でもその程度のことは思いつくだろうが、科学、医学が発展していないこの世界では、知られていない知識なのだろう。
「幹彦」
「わかった。どうにか助けたいな」
エルフの郷に深入りすることが決定してしまった。




