若隠居の巨大ガニ討伐(3)
そして、全員が沈黙していた。
「……ここは、北極圏か」
幹彦が言う。
「いや、まさか、こうなるとは……」
冷や汗が出る。
「活ガニのはずだろう、フミオ」
チビが尻尾を丸めてどこか寂しげに言う。
「ごめんって……」
海が、数キロの範囲に渡って凍り付いていた。
それを見る漁師たちも、別の意味で凍り付いていた。
「まあ、あれだ。瞬間冷凍で鮮度は抜群だぜ。な」
幹彦がそう言ってから咳払いをして、キリッとした顔をした。
「まあ、あれだ。とりあえず回収しようぜ」
空間収納庫にカニや魚やエビを収納したが、巨大ガニは海中に残った。つまり、まだ死んでいないということだ。
「おお、いたぞ」
幹彦が楽しそうに海中を覗き込んで言う。
「怒ってるな」
チビも覗き込んで、嬉しそうに言うと、二人で同時に振り返った。
「あいつは俺たちに任せろ、史緒」
「うむ。氷を割ってここまで上がってきたら、氷の上に飛び移って仕留めるぞ、ミキヒコ」
「うん。わかった」
僕はそう答え、頷いた。
「よし。甲羅は何か役に立ちそうだな」
「うむ。攻撃は斬撃と水弾らしい。弱点は腹と目玉だな」
そうして待ち構えていると、ミシミシという軋むような音がし始め、それがだんだんと大きくなる。そして、氷の破片をまき散らしながら分厚い氷の下から巨大ガニが飛び出して来た。
その直前に、幹彦とチビは船縁を蹴り、空中に躍り上がっている。
「おお! 大きいなあ」
巨大ガニの名に恥じない大きさのカニだ。甲羅の大きさだけで畳六畳分くらいはある。
種類で言うとワタリガニに近い。
「ああ、小さいのはズワイとかだったのに。タラバがよかったなあ」
僕は思わずそう言った。
それが気に入らなかったのかどうかはわからないが、巨大ガニは僕の方に向けて攻撃を放とうとしているように見える。
しかし、幹彦の刀が巨大ガニの腹を斬り、チビの爪が目を叩き飛ばした。
巨大ガニは無言で足をばたつかせ、割れた氷の上にひっくり返ってジタバタしていたが、幹彦が飛剣でもう一度腹を割ると、大人しくなって、動かなくなった。
「死んだ? かにすき?」
「ああ、やりやしたね」
「これは、パスタとかが美味いかの」
カバンからピーコたちが顔を出して騒ぐ。
「よし!」
幹彦が握り拳を突き上げ、
「カニ祭りだぜ!」
と叫んだ。
村を挙げてのカニ祭りだ。一緒に凍らせた魚やエビ、小ガニもある程度出したが、ずいぶんな量だ。
「マグロとかカンパチとかイカとかタコなんかも泳いでいたらよかったのに」
それだけが残念だ。
「まあまあ。大量じゃねえか」
幹彦はご機嫌だ。
「まあね」
「フミオ。小さいカニは、今度鍋とか刺し身とか焼きとかで食おうな」
チビは尻尾をぶんぶんと振っている。
それで、思い出した。
「こういう時、来そうなのになあ」
「何がでやんすか」
「トゥ──」
言いかけた時、誰かが空を指して何かを叫んだ。それで皆が空を見ると、ドラゴンが下りてくるところだった。
「ああ、あやつか」
チビがどこかガッカリしたように言う。
「トゥリスって、美味いものセンサーでもあるのか」
幹彦も真面目な顔で言う。
「確かに、うまいこと、ご飯や宴会の時に戻って来るんだよね」
僕は感心してしまう。
「セリフは多分、あれじゃろうな」
じいが言うのに、ピーコが続ける。
「お腹空いた-」
トゥリスは岩の向こうの地表近くで人化して着陸したらしく、無表情で近寄って来て、
「お腹空いた」
と、開口一番そう言った。
それに思わず吹き出す。
「想像通りだぜ」
「お帰り。さあ、食べよう」
どこに行ったのかと空にドラゴンの姿を探す獣人たちも、目の錯覚と思い込むことにしたらしい。
宴会は、まだまだこれからだ。
色んな種類の海産物を食べながら、魔術って凄いとか、昔は精霊魔法が使えたのになどと話していた。
「精霊がいればねえ」
「そのためには神獣様が揃わないとな」
そんな話になった。
「今って、フェニックスとリヴァイアサンはいるんでしたよね」
そう訊く。
「ああ。あとはフェンリルとザラタンだけど、どうにか、ねえ」
食堂の女主人はそう言って苦笑しながら、
「まあ、それでも漁はできるし、美味しいものは作れる。別にいいよ」
と言って、大きな魚の塩焼きにかぶりついた。
「神獣かあ。興味はあるんだけどなあ。ザラタンっていうのが、どういうものか想像がつかなくて」
言うと、彼らはてんでに頷きながら言った。
「フェンリルやフェニックスと違って、ザラタンやリヴァイアサンは海の中だろ。姿をはっきりと確認できていないんだよねえ」
「デカいってことはわかってるんだぜ」
「まあ、大きなカメと聞いた事はあるな」
「あたしはウミヘビって聞いたよ」
「ええっ。サイだろう」
そんな風に宴は盛り上がり、僕たちは村を後にしたのだった。
その後、別の町で本を見て、ザラタンの正体が巨大なカニだと知り、もしや神獣になりそうなカニだったのではと青くなるのは、また別の話である。




