若隠居の巨大ガニ討伐(2)
結局野菜がゆとスライムゼリーを食べて、僕たちはこの漁村の話を聞いた。
この漁村に住むのは熊人や蛇人など様々で、漁が好きという点のみが一致しているそうだ。そういう村なので、村民も客も、派閥について争うことも、ハーフと差別することも厳禁だという。一度目は注意だが、二度目は子供だろうと年寄りだろうと客だろうと、村から叩き出すのだそうだ。徹底している。
それというのも、漁は一緒に船に乗り込んで沖へ出て命を預け合うのだ。信頼できない相手と行けるわけもない。
そうしてこの村は、うまくやってきていたそうだが、この変化は二ヶ月ほど前に始まった。
ここの漁は定置網を仕掛けておいて引き上げるというやり方だそうだが、網が切られて獲物が獲れなくなったそうだ。
では桟橋から釣りでせめて小魚をと狙ってみても、かなりの確率で糸を切られるらしい。
素潜りはどうかと試したところ、潜った人物は巨大な何かに腕を取られ、命からがら逃げ帰ることができたというが、それ以降、全く魚介類が獲れずにいるということだった。
「巨大ガニですか」
「そうだ。姿を見たのは一回だけだがな。いつもは人の頭くらいの甲羅のやつがうじゃうじゃと海底にいて、魚と言わず貝と言わず食い散らかして、網も切ってしまうんだ」
「まずあいつらを駆除しねえと」
「いや、あいつらを減らしたって、巨大ガニが子を産むだろう。どっちもやらねえと」
彼らは難しい顔で腕を組んで唸った。
どのくらいいるんだろう。一気に凍らせる程度かな。
待てよ。僕は最大でどのくらいの広さを凍らせることができるんだろう。
僕も考えて、ううむと唸りながら腕を組んだ。
「とにかく、その巨大ガニってやつがどこにいるのか探しに行くか。そいつを殺れば増えねえんだろ。だったら、それから片付けてまわればいいんじゃねえのか」
幹彦があっさりと言い、チビが、
「ミキヒコらしい意見だな」
と少々呆れたように言ってから、立ち上がってぶるぶると体を振った。
「そうとなれば、行くぞ。ボヤボヤするな。巨大ガニを倒してから雑魚ガニを倒して、それで飯なんだろう。早くしないと、かに味噌が遅くなるではないか」
「うん。チビも相変わらずだよ」
僕は笑いながらも、
「じゃあ行こうか」
と立ち上がった。
そうして、小舟の上である。
「船酔いを克服しておいてよかった」
ぼくは心からそう思っていた。
ああ、風が気持ちいいと感じる余裕がある。
「わははは! 海はいいな!」
幹彦は船縁に片足をかけて、昔のジャケット写真みたいな格好をしていた。
「カニ味噌が私を呼んでいる! 刺し身も天ぷらも焼きガニもゆでガニも呼んでいる!」
チビはキリッとして船の舳先に立っているが、言っていることはただの食いしん坊である。
ピーコ、ガン助、じいは風で飛んでいかないようにカバンの中だが、さっきからずっと、かにの歌を歌っているようだ。
船の操船をする漁師が、
「兄ちゃんたち、大物だな」
と力なく笑っている。
と、その表情が引き締まった。
「そろそろ、目撃された海域だぜ」
船速が落ち、僕たちは巨大ガニの姿を探すように海面に目をこらし、幹彦とチビは気配察知を働かせる。
しばらくして、チビが小さく尻尾を揺らして言った。
「いたぞ──!」
見た目は何もない海面を、チビと幹彦は好戦的な目つきで睨んだ。
そこを見ていると、ぶくぶくと泡が立ち上ってくる。
「カニって、陸の上で泡を吹くんじゃなかったのかな」
「普通のカニじゃないからじゃないか。
史緒、せこ──じゃなかった、小ガニもたくさん集まってるぜ」
セコガニと言おうとしたな。
「海面に上がってきて斬撃を飛ばして来る前に凍らせてくれ」
「わかった。
どのくらいの範囲を凍らせられるかな」
だんだん泡が大きく、数が増えていくのを見ながら、僕たちは静かにその時を待った。
そして、幹彦が叫ぶように言う。
「水深一メートルから十五メートルに集中してるぜ! 今だ!」
「おう!」
僕はうきうきとして、魔術の規模を大きくするブローチも使って、最大で魔術を放った。




