若隠居のダンジョン探訪(1)
乾いた砂の地面の上に岩が転がっている。その風景は、ダンジョンに入る前の景色と変わることはない。入る時に魔素の濃度が変わるので一瞬違和感を覚えるのだが、気のせいだと思えば気のせいに思えるほどで、うっかり迷い込んで危険な目に遭うという事故も起こりうるだろうと予測できる。
恐らくそのために、目印として岩とサボテンを配置してあるのだろう。
「一面砂だらけの広いエリアか」
フロアの端はよく見えない。砂と岩、所々サボテン。
サボテン……。
「あ、あの葉っぱ、火傷にいいらしいよ。あとお通じとか胃もたれ」
視ていたらそう出たので、言っていそいそと採取を始める。肉厚の丸い葉っぱで、周囲にはびっしりと鋭いとげが生えている。
魔物化していたら、きっとこのとげを飛ばして来るんだろうな、とその姿が容易に想像できた。
「お、ツチノコ発見したぜ!」
幹彦が言うのでそちらを見ると、言わば、平べったい湯たんぽの上下に蛇の頭と尻尾を付けたようなものが飛んで来ていた。
幹彦が頭を簡単に落とすと、しばらく地面の上で頭とそれ以外が激しくうごめいていたが、やがて動きを止めて消えた。マッチの頭よりは大きいかという程度の魔石を残す。
「まず最初に慣れるための、最弱の獲物だな。魔石は小さいし、食える所も使える部位もない。子供の度胸試しみたいなやつだ。この入り口付近は、ダンジョン内部とは名ばかりの場所だ」
竜人族の戦士が言うが、本当にその程度なのだろう。誰も大した警戒をしていない。
「狙う獲物はもっと先だ」
言って歩き出す彼らに、僕たちも着いて行った。
歩いて行くと時々小さいネズミやトカゲが出て来たが、確かに大した脅威ではなかった。
その内に辺りが急に森になった。
「へっ?」
振り向くと、おかしな事に背後にも森が広がっている。
「森のフィールドに入った瞬間からこうなるんだ」
「ダンジョンっていうのはわからないな」
言いながら、竜人族の戦士たちはようやく警戒態勢を取った。
「何かいるぜ。大したことはなさそうだけど」
言う幹彦に、竜人のひとりが答えた。
「ウサギは食料だ。突っ込んでくるから、持ち帰る」
納得だ。
「よし。手伝うぜ」
幹彦はそう言って竜人たちと一緒に刀を構えてウサギの襲撃に備えた。
僕はそばの木を見上げた。
「見たことのない実がなってるな」
「任せて」
ピーコが飛んで、その実をつつき落とした。
握りこぶし二つ分程度の大きさで、表面はつるりとしていて固く、茶色い。
「あまり美味そうにないな」
チビががっかりしたように言うが、二つに切ってみた。中はスポンジ状の白っぽいものが詰まっている。
竜人がチラリと見て言った。
「ああ。パンの実だな。いくらかそれも持って帰りたい」
「あ、収穫しておきますね」
言うと、ガン助、ピーコと一緒に僕もせっせとパンの実を収穫し始める。
確かに、こちらで小麦畑をまだ見ていない。それでもパンが普通に出回っていたのは、こういう訳だったらしい。
「色からするとライ麦パンでやんすかね」
触ってみた感じでは、中も少々固い感じがした。
「ちょっと固いみたいだから、サンドウィッチよりもグラタンとかフレンチトーストの方が食べやすいかも」
言うと、チビたちが俄然張り切り出す。
「フレンチトーストなら、私は生クリームも乗せてくれ」
「私、ジャム!」
「おいら、はちみつが好きでやんす」
「わし、粒あんと生クリームがいいの」
「あ、私も二枚目はそれがいいぞ、フミオ」
「あ、おいらもでやんす!」
「わたしもわたしも!」
「はいはい」
騒がしいが、食欲が収穫を加速させている。
背後からは、「ドスッ」とか「ギュッ」とか「ドサッ」とかいう音が聞こえてくる。斬ったり殴ったりされたウサギが地面に落下する音らしい。
こんなものかと振り返ると、獲物を拾う係の竜人が、角と牙の生えた四十センチほどの丸々としたうさぎの死体を消える前にと片っ端から袋に放り込んでいるところだった。
最後の一つを袋に入れ、周囲にもう何もいないのを気配で確認したらしい竜人らは、幹彦に言う。
「悔しいが、まあ、見事だった」
「どうも」
幹彦は嬉しそうに返し、そして先へと進み始めた。
「あのきのこ食べられるんだって! あ、こっちの草、血流促進に効果ありだって!
ここ、知らない食べ物や植物が一杯あるな!」
「凄えな! 来て良かったぜ!」
「……楽しんでもらえてよかった」
僕たちは嬉々として奥へと進んで行った。




