若隠居と虎人族(1)
短い草がまばらに生えているだけの岩山は鉄を多く含んでいるせいで赤く、写真で見た火星の表面のようだった。
「おお、火星に来た気分!」
行ったことはないけどな。
「前方に誰かいるぜ」
幹彦が気付き、しばらく歩くと、野営の準備をしているグループが見えてきた。多くの耳は似ているので詳しくない僕には一目で判断をつけるのは難しいが、尻尾の色もあって虎人らしい。チラリと目を向けてきて、警戒されているのがわかる。
澄まして歩き、
「そろそろ野営だな。この先は平坦な場所はあんまりなさそうだぜ」
と幹彦が先を見て言うので、ちょっと広くなっている所の端の方にテントを広げることにした。
ワンタッチテントを張り、料理の準備をどうしようかとチラリと虎人のグループを見る。
若隠居と虎人達の辺りはあまり木が生えていないので、薪にするような枝がほとんど落ちていない。何を燃やしているのだろうかと見てみると、岩でかまどを組んで石を燃やしていた。石炭となっている。
石炭は、地球でも昔は燃料の主流だったことのあるものだ。数千万年から数億年前の植物が腐敗分解する前に地中に埋もれ、地熱や地圧を受けて石のように変質したものだ。
この岩山で石炭が採れるのだろうか。
辺りの岩を鑑定してみると、たまに「石炭を含む」と出るものがある。
「幹彦」
小声で、その説明をすると、幹彦は頷き、サラディードをつるはしに変えて岩を割った。
パカリと割れた岩の中に、黒くキラキラ光る筋状の層があった。
「これを直接火に入れて熱すればいいのかな」
「どうだろう。俺、石炭って使ったことないからなあ」
僕もない。
頼みの綱のチビも、石炭の使用経験はなさそうだ。ピーコと何か獲物がいないか見に出かけている。
まあいいか。僕と幹彦はその辺の石を並べてかまどにし、その中に石炭を置いて、ライターを近づけた。
なかなか火が付かない。まあ、石だからな。
薄暗いのと石や幹彦の影になって見えないだろうというのとで、魔術で火を付けた。ゴオオオとあぶっていると、石炭が赤くなってきた。
「これでいいのかな」
「うん。でも、人に見られる前に確認したほうがいいかもな」
「そうだな」
ぼそぼそと言い、さて今日は何にしようかと思ったとき、幹彦がさっと立ち上がってサラディードを刀に戻して構えた。
「肉がお出ましだぜ」
そちらの方へ目を向ければ、大きなトカゲがいた。
「わお。白身で淡泊だよね、きっと」
「たぶんな」
言った時、トカゲは威嚇するように口を大きく開けて鋭い歯を見せつけ、尾っぽを立ち上げてみせた。
そうと目で見て視認したときには幹彦が飛び出しており、トカゲの首に斬り付けにいっていた。
トカゲはそれを歯で食い止め、尾っぽで幹彦を払い飛ばそうと尾っぽを鋭く振った。
もちろん幹彦はそんなものはわかっている。サラディードに水をまとわせて、一気に振り切ると、トカゲの口の端が大きく裂けた。痛みと怒りに幹彦を何が何でもと狙うトカゲだったが、幹彦は軽く跳んでトカゲの鼻先を踏み、顔の前半分を切り落とした。
こうなると、噛みつこうにもトカゲは歯の部分を失っていて噛みつけない。
いや、それよりも、命すら失おうとしていた。
「史緒、首はきっと美味いよな」
のんびりと、どこを刺してとどめを刺そうかと訊いてくる。
「たぶん美味しいね。頭の付け根を切り離すとか?」
「わかった」
幹彦はそう返事をすると、あっさりとトカゲの頭を斬り落とした。
「今日はカレーって言ってたっけ」
言いながら、トカゲの体をずるずると引きずってくる。
「カツカレーもいいな」
「お、いいな。たぶんチキンカツみたいになりそうだよな」
言いながら、手早く解体をする。チラリと見たら虎人のグループは何やら興奮したように話をしていたので、その隙にと一気にやってしまう。そして、素材はしまいこみ、肉は調理に使うために下準備をした。
と言っても全部は多いので、フライ用にそぎ切りにしたものと、カレーに入れて煮込む用とだ。それとハムも作っておこうか。
酒と塩をもみこみ、カレー用のものは、じゃがいもやにんじん、たまねぎと一緒に炒め、水を入れて柔らかくなるまでかまどにかけたまま待つ。それからカレー粉を入れる。
ハム用は、水と塩と砂糖とこしょうをもみこみ、きっちりとラップで包み込んで密封し、沸騰した湯で三分ほど茹でたらかまどの外に鍋ごと置いておく。これでハムになる。
フライ用は、塩こしょうをして小麦粉をはたき、水溶き小麦粉に浸けてからパン粉をまんべんなく付け、軽く手で押さえてなじませる。後はこれを揚げていくだけだ。
「ネズミくらいしかいなかったが、いいものが来たのだな」
戻ってきたチビが尻尾を振る。
「飛んで火に入る夏の虫だぜ」
幹彦がへヘッと笑う。
「トカゲカツカレー?」
ピーコも羽をパタパタさせて喜んでいる。
「本当はご飯がいいんだけど、見られたら怪しいからな」
残念だが、ナンだと思えばパンでもいいか。そう思い、パンを取り出してスライスする。
「カレーって匂いがたまらなく空腹を刺激するでやんすね」
ガン助は首をのばせるだけのばしてそう言う。
「あの刺激がたまらんの」
じいはガン助の甲羅の上で上機嫌に揺れる。
と、虎人のグループが近寄ってきた。
「見たところ人族のようだが、見事な腕前だったな。このラドライエには、どういう理由で?」
半分警戒しながら、そう訊いてくる。
「ありがとう。俺たちは冒険者だ。依頼で、兎人族の子供を村に送り届けてきたついでに、観光をして歩いている」
「そうか。物騒な連中もいるが、良き武人に悪いやつはいない」
どうも、幹彦は気に入られたようだった。




