若隠居の迷宮大作戦(4)
ダンジョンの中というのは、特殊の一言に尽きる。
魔物が出るとかそういう特殊さももちろんあるが、それだけじゃない。何かトラブルが起こっても、警察が来るでもないし、目撃者が必ずいるとも限らない。証言だって、真実かどうかなんて確認のしようがない。
現代社会ではありふれた防犯カメラもないし、録音や録画も不可能なのだから。
「今日はどの辺に行くかね」
その二人組、ヤスとタケは、油断なく辺りを警戒しながら歩いていた。
北陸で活動していたが居づらくなって東北へ移り、そこから東京に流れてきた。始めは四人いたが、東北で一人死んで、一人が探索者を辞めた。
その原因となったのが、ベリーに似た実だ。その実を潰した汁はどうも魔物を寄せ付けるらしい。知らずにその実を踏んでしまい、魔物に囲まれての事故だった。
その実を摘んで来たものを、今は利用していた。
初心者から抜け出した程度で、適当に稼いだらしくて、ほかに探索者がいない場所にいるチーム。それが探している相手だ。
「お、あれなんてどうだ」
片方が顎で示す。
いかにも慣れてきたばかりという感じの二人組の青年が、イノシシの魔石を拾い上げ、リュックにしまい込むのが見えた。
「今日はまずまずだな!」
「調子がいいな。このままハチミツを採りに行こうぜ」
「そうだな!」
彼らはニコニコとして、先へと進んでいく。
それを見たヤスとタケは、にんまりとして静かに後をつけ始めた。誘導せずとも、人の少ない方へと行ってくれるとは。
彼らがハチのいる木立の中へ踏み込んでいくのを見て、辺りを見回す。いつも通り、この階は人が少ない。
そこでヤスとタケは足を早めて彼らに近付きながら、ヤスは使い捨ての薄いビニール手袋をはめる。そして、軽く接触して汁をなすりつけるためにもっと接近して行く。
それは突然だった。
何もない空間が揺らぎ、人が現れた。
「うわっ!?」
驚いてのけぞるヤスの手首は、現れた人物にがっしりと掴まれており、逃げ出すことが敵わなかった。
幹彦のインビジブル、相変わらず便利だ。
「あ、幹彦先生!」
囮になってもらったのは幹彦の家の道場に通う新人探索者で、何があっても守り切るからと約束して囮を引き受けてもらったのだ。正確には幹彦は彼らの先生ではないが、そう呼ばれている。
僕たちはヤスとタケがダンジョンに現れた時からずっとインビジブルで張り付いており、囮の彼らのポケットに忍んでいたじいが合図を受けて囮役に伝え、それで目の前で小芝居をして見せたのだ。
「クソッ」
タケが逃げようとするが、目の前でチビが、
「ワン!」
と吠えて睨み付けると、タケはひるんだ。
「魔物寄せの実ですね」
ヤスの手袋ごしに掴まれた実を視て言うと、ちょうどピーコが職員を引き連れて飛んで来た。
「くそがっ!」
ヤスはそのまま実を潰そうとしたが、幹彦が手首を捻って実を取り落とさせる。それを僕がキャッチして、到着した職員に渡した。
「詳しく話を聞かせてもらいます。少なくとも今は言い逃れはできませんよ」
ヤスとタケは武器を取り上げられ、手錠を掛けられて、連行されていった。
「済まんな、助かったぜ」
幹彦が囮を務めてくれた二人に笑いかけると、二人はほっと安堵したように笑った。
「お役に立てて光栄です!」
「ありがとう」
「ワン」
そうして僕たちも、ヤスたちの後を追いかけた。
取り調べでわかった所では、ヤスとタケは魔物に囲まれて探索者が死んだ後、彼らの持ち物をあさって魔石やドロップ品、装備品などを奪い、遺体は放置してダンジョンに吸収されるままにしていたらしい。事件そのものが発覚しなかったのは、死んだ生物は時間経過と共に消えてしまうダンジョンのシステムの弊害だ。
ヤスとタケは北陸で探索者をしていたが、事故で偶然この方法を思いつき、繰り返していたらしい。そしてそれが明らかになる前に北陸を出て行って、別の場所で同じ事を繰り返していたという。
この件は協会のほかの支部にも伝えられ、魔物寄せの効果のあるクレイジーベリーは危険な植物として周知されることになり、生えている場所の調査も行われた。
それと平行して、僕はクレイジーベリーの香りを消す魔物避けの薬草も地下室で栽培していたので、出荷リストに加えた。
「怖いねえ、全く」
「人の目がないと、本性が出るのが人間なんだなあ」
しみじみと言えば、チビもカキのガーリックソテーから顔を上げて言った。
「いつか手痛いしっぺ返しをくらうだろうにな」
この件で、北海道でクローバーに聞いたたちの悪いチームの話を思い出し、「あの時はカキを採り損ねたんだったな」と思ったら、何となくおかずがカキになったのだ。
「ねえねえ。北海道は美味しいところなの」
ピーコがわくわくしたように言うと、ガン助も目を輝かせ、じいは、
「極上の昆布出汁もいいのう」
と夢見るような声を出す。
「ああ、また行こうか、幹彦」
言えば、幹彦もニヤリと笑う。
「そうだな。今度は美味いものをもっと漏れなく仕留めて来ようぜ」
「好きな時に好きな所に行けるって、やっぱり隠居は最高だな!」
僕は上機嫌でカキをつまんだ。




