若隠居の迷宮大作戦(2)
肉、肉、肉。
「そうれ!牛しゃぶが行ったぞー!」
「任せろ、じい!」
じいが見るからに凶暴そうな巨体の牛の前に幻影で作り出した牛の天敵を出すと、牛はまとった炎を更に燃えさからせながらその巨体を突進させた。
その幻影の先にいたチビは大きくなって、その牛の鼻面を弾いて爪でざっくりと斬る。
「ブモオオオ!!」
心なしか涙目で、牛はチビを追った。
するとその横っ腹からガン助が機関砲のように勢いよく岩石をぶつけ、牛はターゲットがどこにいるのか混乱し、とにかく暴れて頭を振るたびに炎が飛ぶ。
それを縫って接近した幹彦が水をまとわせたサラディードで首を落とす直前に牛はそこに危険が迫っていたことに気付いたが、もう遅い。
ゴトリと落ちた首に遅れて、巨体が横倒しになる。
「フミオ!」
「はいはい、今行くよ」
僕はそそくさと近付いて、巨体に手を当てて「解体」すると、部位ごとに分解された牛を片っ端から空間収納庫にしまい込んでいく。
素晴らしい連携だ。うちは食材ゲットの時の連携が特に素晴らしいような気がする。
「牛しゃぶかあ」
「うむ。今回はごまだれでいこう」
小さく戻ったチビがそう言って嬉しげに尻尾を振って飛び跳ねる。
「わし、牛のシチューがいいのう」
「おいらは牛のレタスしゃぶしゃぶがいいでやんす!」
「俺、ステーキかな」
「私、カレーがいい!」
言いたい放題だ。
「順番な。この大きさだと全部いけるだろ」
因みに僕は、カツレツが食べたい。あ、牛丼もいいな。
ウッシッシと──ダジャレではない──笑いながら、そろそろ今日は帰るかと引き上げることにした。
ついでにハチミツを採って帰ろうと、ハチのいる階のひとつ下でエレベーターを下り、そこから歩いてハチの所に行くことになった。エレベーターは各階にはなく、五階おきになっているのだ。
歩いていると、幹彦とチビが真面目な顔をして、
「何か集団に囲まれてる奴らがいるぜ」
「群れにしても数が多い。ちょっと不自然だぞ」
と言った。
「とにかく様子を見に行って、必要なら助けよう」
僕たちはチビを先頭にしてその場へ急いだ。
木立の間に分け入り、走って行く。近付くにつれて、焦ったような声と悲鳴、オオカミとクマの唸り声が聞こえてきた。
「やべえな」
幹彦が言いながらも足を早め、大きな木の向こうへ回り込んでいた時だった。やや離れた所の茂みの影にしゃがみ込んでいた二人組の男が、こそこそと立ち去るのが見えた。
引っかかりを感じたが、今はそれどころではない。先にすべきことがある。
「大丈夫か!? 助けはいるか!?」
幹彦が声をかけ、そちらの方へと僕も目を向けて、驚いた。初心者を出た辺りの四人組の探索者が、グレイハウンドウルフの群れとアカゲグマとムーンベアに囲まれていた。
この階にはこの三種とハチがいる。しかしアカゲグマとムーンベアは、互いの姿を見ると後から来た方が姿を消すのが目撃されているし、オオカミもクマがいると一定の距離を置いて近寄ってこない事がわかっている。
だから、一緒に探索者を囲んでいるのは異常だ。
「た、助けてください!」
裏返った声で返され、僕たちは魔物の中へと躍り込んだ。
幹彦が刀を振るいながら舞い、チビが走って爪を振るい、オオカミはあっけなく数を減らしていく。更にピーコが飛んでクマの注意をそらし、僕はなぎなたを振りながらどうにか立っているという感じの探索者チームのそばへ行く。
ケガはないようだが、どうにかできる技量はないのか、震えてどうにか立っている。
「動かないでください」
言い置いて、カバンからガン助とじいを出して僕もクマに目を向ける。
「肉を置いていけ」
言いながら、なぎなたを横に振って首を落とす。ムーンベアはツキノワグマが強くなったという感じのものなので楽だ。
「ガアアアア!」
アカゲグマはやたらと毛が硬く、爪も立派で、筋力も凄い。幹彦ならそれでも斬ってしまえるのだが、残念ながら僕には無理な芸当だ。だから雷を落としてやると、アカゲグマは硬直してから、バタンと倒れて魔石と胆嚢に変わった。残念ながら肉は出なかったか。
集まった魔物は数が少なくなっても逃げるそぶりを見せず、全滅させることでようやくこの場は収まった。
ガン助とじいがガードをしていた探索者たちの所へ戻る。
「とりあえずは大丈夫ですよ」
言って、それに気付いた。
「ん? この匂いは……」
甘いような匂いがしたのでその匂いの元をたどれば、中の一人の背中に少量の液体が付いていた。
「史緒、それは?」
幹彦が彼らと一緒になって首を傾けるのに、答える。
「クレイジーベリー。魔物を寄せる効果のある果実の絞り汁みたいだな。いくら何でも、これで魔物をおびき寄せて狩ろうなんていうのは危険すぎる作戦だよ。自分たちでやったんなら」
それに彼らは目を見開き、首が取れるんじゃないかというくらいに振った。
「知りません、やってないですよ、そんなこと!」
僕と幹彦は顔を見合わせた。




