若隠居の旅の始まりと追跡者(6)
深夜のことである。静かに起き上がった人影が、足音を忍ばせて移動していく。
声も出さずに、まずはテントの外から様子を窺った。
そして何も物音がしないことを確認し、互いに顔を見合わせて、頷き合う。
次に、足音を消したまま、もう一人の野営している旅人の所へ行く。
その人物は丸くなってぐっすりと眠り込んでいた。
「よし」
そこで狐人が初めて低く声を出し、ハーフの男がその人物を起こさないようにしながら担ぎ上げ、残る蛇人かと思われる男がその人物の荷物を静かに、だが手早く片付け始める。
「そこまでだ」
そこまで確認したところで、幹彦が声をかけた。
「何!?」
彼らが慌てて振り返るが、同時に走り寄ったチビがハーフの男の足にかみつき、男は思わず担ぎ上げた人物──アンリを取り落とした。
「痛っ、何?」
アンリは目を覚まして周囲を見回し、僕たちを見てギョッとしたように慌てた。
「あっ、私は、関係ない、知らない人です」
フードを被ろうとするが、手遅れだ。
「アンリさん、そいつらが拉致係ですよ」
僕が言うのに、男たちは慌てる。
「何を言うんです」
「どうやって言い訳するつもりですか。睡眠を誘導する薬草を混ぜたパンを差し入れて、寝込んだのを確認して担ぎ上げ、荷物を片付けようとしていましたね。早朝に出立したと見せかけるつもりだったんでしょうが、そうは行きませんよ」
言って指を突きつけると、アンリはやや考えてから、勢いよく立ち上がった。
「貴様ら、奴隷商人の手先か!」
男たちは舌打ちをして、各々武器を取り出した。
だが、遅い。幹彦が素早く接近し、腕を斬り付けて武器を取り落とさせていた。流石は剣聖。
「ほら」
呆然と見ていたアンリは、幹彦に促されてハッとすると、ロープを取り出して男たちを縛り上げた。
チビはつまらなさそうに頭の後ろをカシカシと掻いて、大きな欠伸をした。
アンリは、
「全てを白状してもらうぞ」
と男たちに言い、それからこちらに向かって、なんとも複雑そうな顔をした。
「そのぉ、あれだ」
チビがつまらなさそうに訊く。
「我々が何かよからぬ事をしに来たのでは無いかという疑いは晴れたのか。どうせそう思っていたのだろう」
「……まあ。その、人がこっちに来るなんて、犯罪かスパイか、どうせろくなもんじゃないと……。見張っていればそのうちぼろを出して、それを検挙すれば、七光りの隊長って言われなくて済むから……」
言いながら、下を向く。
「尾行は下手だったな。それに携帯食料の準備が不足だ。せめて自分で調達できるくらいの腕がなければ、一人で任務をこなすのは早すぎだな。それから、見ず知らずの人間にもらったものを疑いなく一気に食うのは警戒心がなさ過ぎだろう」
まだ言い足りないという様子でチビがダメだしするにつれ、アンリは顔を赤くしながらますます下を向いていく。
「チビ、もうそのくらいで」
気の毒になってきたので止めておこう。
「む。そうか。さりげなくトリを仕留めてやったり魚を放ってやったり、良い場所で野宿をしてやったりと随分と気を使ってやったし、今も拉致されそうになったのを助けてやったのに、礼もないのに。いいのか」
それでアンリはヤケクソのように、
「あ、ありがとう! クッ!」
と叫んだ。
翌日、アンリはロープで縛ってつないだ男たちを引っ張りながら山を下りていき、僕たちはゆっくりと朝食を摂ってから出発した。
やれやれ。これでやっと本当に、旅が始まる。




