散策
敷地は広大で、駐車場、そこにつながった本館と隣に建つ別館を取り囲むようにして木々が植えられ、庭園が広がっており、その中に4つの離れがあって、互いに見えないようになっていた。
僕たちの離れは「オリオン庵」といい、一番駐車場に近い場所にあった。
庭園内の小道が枝分かれして離れに伸び、その小道の入り口には通用口という感じの小さい門が作ってある。なので、庭を散策している人が間違って離れに近づかないようにしてあった。
小道を通って離れに着く。客間3つにリビングとミニキッチン、洗面所、内風呂と露天風呂がある。
案内してくれた仲居さんが帰ると、チビたちは待ちかねたように騒ぎ始めた。
「すごいでやんすよ!外に風呂があるでやんす!」
「ここの庭、遊びに行ってもいいの?飛んできていい?」
「いいけど、迷子にならないで帰ってくるんだぞ」
「うむ。ならば私は縄張りの見回りには出ておくか」
「いいけど、チビ。住んでる鳥とかりすとか池の鯉とか、獲らないようにね」
言うと、チビはなぜか愕然とした顔をした。
「わしはちょっと水につかるかの」
じいがそう言う。
時計を見ると夕食まで2時間弱だ。
「まず風呂に入って、晩飯にしてから、温泉街に行くか」
僕たちはそうすることにして、まずは備え付けのお茶菓子とお茶で休憩してから、専用露天風呂に入ることにした。先に糖分を摂ってから入浴するのが、不調を起こさないためにいい。
その後は豪華な夕食を堪能し、僕たちは暗くなった温泉街に出た。
観光客はそこそこ多く、土産物屋やゲームの店などは賑わい、色んな柄の浴衣の人がリラックスした様子で歩いている。
その温泉街の端で、地元の子供らしい小学生グループがひそひそと話をしていた。
「この目で見たんだよ。間違いない」
「ツチノコを?どこで?」
「海岸の崖にある階段の上」
「あれは危ないから上っちゃダメって言われてるじゃないの」
ツチノコを見たと言う男子を、優等生っぽい女子が叱っているようだった。
「ツチノコかあ。本当にいたらニュースだね。懸賞金がかかってるって言ってたし」
もう一人のめがねの男子がそう言うと、先ほどの男子が勢い込んで言う。
「懸賞金!?いくらかな」
それに、優等生らしい女子がフンとはなで笑って言う。
「見間違いよ。それか、ヘビじゃないの」
「おれは見たんだ!」
「いるわけないじゃない、そんなの。
マリンもそう思うでしょ」
「マリンはいると思うよな」
もう一人のマリンと呼ばれた女子は、おろおろと残る3人の顔を見比べるようにして、答えを出せないでいた。
「じゃあ、皆で見に行ってみよう。カメラを持って行こう」
めがねの男子が言うのに、最初の男子は食いついた。
「そうしようぜ!
おい、お前ら。ちゃんと見つかったら、疑ったお詫びに来週の給食のプリンはもらうからな」
それに、優等生のような女子とマリンはたじろぎ、優等生の方が言った。
「いいわよ。私たちも確認してあげるわよ。
その代わり、何もなかったらあなたたちのプリンをもらうわよ」
微笑ましい賭けは、成立したようだ。
「じゃあ明日の9時に、海岸の神社の裏で集合な」
そう言って4人の子供たちは家へと帰っていくようだった。
「ツチノコかあ。いるのかな」
幹彦が微笑ましいものを見たというように頬を緩めた。
「あれって、ネズミかなにかを丸呑みした直後のヘビじゃないかって言われてたけど」
言うと、チビたちも考えていた。想像しているのだろう。
「思い出すなあ。小学生の頃、トイレの花子さんがいるかいないかでクラスが二つに割れたもんな」
「ああ。熾烈な戦いだったよな」
結局決着がつかないままブームは下火になってしまったが。
僕たちは土産物を眺めたり買い込んだりしながら、温泉街のそぞろ歩きを楽しんだ。




