不穏なうわさ
奴隷馬車が出立しようとした朝、待ったがかかった。
「聖教国に向かう街道に、尋常でないほどの魔物が出ているだと?」
奴隷運搬の責任者である司教は訊き返した。
「はい。ギルドの通達で、通行を控えるようにと……」
エルゼの教会を預かっている司祭は、困ったと言うように丸めた背中をますます丸くして答える。
司教は少し考え、部下に命令した。
「ヨハン。ギルドへ行って、詳しい事を聞いて来なさい」
「はい」
部下ヨハンは一礼すると、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドはいつも通りの朝の喧騒を迎えていたが、ヨハンがカウンターへ近付くと、スッと一番列の短い男性職員の前まで先に通した。
「おはようございます」
職員が挨拶をするのにヨハンは軽く頷き、口を開く。
「聖教国へ向かう街道に魔物が出たと聞いたのだが」
「はい。群れを成すオオカミやサルなどから大熊、大蛇、毒ガエル、大蜘蛛、バジリスクの目撃情報もあります。冒険者による駆除が終わってから通行いただきたいと思っております」
「どのくらいかかるかわかっているのか」
「それは何とも」
ヨハンは心の中の不満を辛うじて口に出さず、別の事を尋ねた。
「では、回り道をして向かうとすればどうか。そちらは異変はないのか」
「聖教国へ行くもうひとつの道は毒ガスが発生しており、そちらの住民も避難して立入禁止となっております」
「毒ガスだと?」
「はい。火を吹く山は、時々このように毒ガスを出すのです」
ヨハンは舌打ちをして、身を翻した。
それを見送って、職員は隅の僕に目を向けた。
「はい、ありがとうございます。OKです。
さあ、次の段階だ」
「仕込みはばっちりだぜ」
幹彦が悪そうに笑った。
ヨハンは教会へ戻る途中、立ち話をする住人を見かけた。
話の内容は魔物の事と毒ガスの事なのだが、聞き捨てならない言葉が混じっていた。
「あの姫さんを奴隷にするのに神様が反対してるんじゃないか」
「そうかもなあ。それで聖教国に行く道を塞いでるんだよ」
「これは、ランメイ侵略が間違いだったのかも知れんぞ」
ヨハンは鬼の形相で彼らを睨み、彼らは教団の制服を着たヨハンに気付いて、慌てて立ち去った。
しかし同じような会話はそこらじゅうで交わされており、ヨハンは焦るような気持ちで教会へと走り戻った。そしてその背中を、噂話をしていた住人達は、ニタリとして見ていた。
しばらくして奴隷馬車の列は出発したのだが、少ししか行かないうちに這う這うの体で戻って来た。教団兵は壊滅しており、聞くと、次から次へと魔物が襲って来たので進めなくなったという。
彼らは再び教会へと入った。
が、しばらくして、再びヨハンがギルドへと現れた。今度は、腕利きの冒険者を護衛に雇いたいというものだった。
「護衛ですね。聖教国までですか」
「そうだ」
「さきほども言いましたが──」
「急ぐのだ!魔物を排除しながらでも行く!」
職員は考えるようにしていたが、ややあって口を開いた。
「わかりました。何名でしょうか。それと料金は──」
それを聞いていた僕と幹彦は、ニヤリと笑った。まずはここまでは成功だ。
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