イロモノ探索者の方向性の不一致
そうして次にダンジョンへ行った日は、雅彦さん達の実習の日だった。ゲートから入ってエレベーターに向かったところでバッタリ会った。
「よお!」
偶然会った雅彦さん達は気軽に声をかけてくれたが、どう見ても雰囲気がベテランだった。無理をしないし、慌てない。一階だからとは言え、冷静、慎重で、敵の事も自分の事も、過大評価も過小評価もしない。おまけに剣技も申し分ない。何せ全員が剣道の師範だ。
「本当にチビもピーコも連れて来てるんだなあ。おまけにこいつ、この前のカメだろ」
彼らはチビたちを見て言い、チビたちは愛想よく尻尾を振った。
「これでも従魔ですからね」
神獣はともかく魔物とも知らないので、皆、子犬とセキセイインコとカメだと思っている。
「なかなかやるんだぜ、こいつらも」
「へえ。俺も猫を登録しようかな」
ただの猫じゃあ、一瞬でやられておしまい、いや、ダンジョンに入るのを怖がって無理ですよ。
「じゃあ」
別れて五階へ行く。今日は七階にいる魔物のハチミツが目的だ。色々な花粉や魔素を凝縮したハチミツが絶品だとか聞いたのでとりに来たのだ。何なら我が家の地下室でこのハチを飼いたいくらいだが、養蜂の経験はない。
エレベータールームから出て、階段を目指して最短距離を進み、七階へ行く。
「いるぜ、いるぜ」
幹彦が気配からハチの位置を探り、集まっている所に行くと、ハチの巣があった。
「ハチに刺されないようにしてハチミツだけを取るにはどうすればいいのかな」
「テレビじゃ、煙でいぶしてたぜ」
「ハチはすぐに復活するんだし、もう、皆殺しでいいんじゃないか」
チビが事も無げに言い、ダンジョンだからそういうのでいいのかと、ハチの巣を囲って密閉し、酸素を抜いてハチが死んだらそれを排除してハチミツを取った。
ビンにたっぷりと集まったハチミツは透明な琥珀色で、光の加減で赤っぽくも青っぽくも見えた。
「不思議な色だなあ」
「ダンジョンって本当におかしなところだぜ」
しみじみと言って、採取を完了する。
と、声が聞こえた。
「いい加減にしてくれよ!」
何事かと目を向ければ、木々の間から向かい合って立つジャイアントキリングのメンバーが見えた。どうも、もめているらしい。人の少ないところだからと向こうも安心して揉めだしたのだろうが、確認不足だ。
見つかるとお互いに気まずい。幹彦が手振りで寄るように言って、インビジブルを発動させた。
「そりゃお前はいいだろうよ。美しすぎる探索者? これまでそんなに持ち上げられた事ないもんな」
言われて、克美さんはムッとしたように腕を組んだ。
「話題作りのために探索者になったんだろ。なのに、全然ライブもないじゃないか。練習すらこの前したのっていつだよ」
「俺は音楽をやりたいんだ。これ以上こんな事ばっかりしてるんじゃ、もう俺は抜ける」
「俺も」
バンドがよく「音楽性の不一致」とやらで解散するが、こういう事なのか。
「あんたたちが目立たないからって、僻むのはいい加減にしてよ」
「おい、克美。言い過ぎだ」
一人がそう言うが、どちらからも睨まれる事となる。
「お前もチヤホヤされて嬉しそうだもんな」
「ライブの時以上にファンがいるし」
「モテるのもスター性ってやつよ。フン」
「はあ? ただのイロモノじゃねえかよ」
「何ですって!?」
「ロッカーとしても探索者としても中途半端なくせによ。お前、スライムしか攻撃した事ないくせに。何が探索者だよ」
インビジブルで見付からないうちに離れてしまおうとそろりそろりと歩き出していたのだが、手遅れらしい。
「わかったわよ。一人で仕留めて来てやるわよ!」
克美さんは身を翻し、派手に僕達にぶつかった。
「ぎゃっ!」
「痛てっ」
「うわっ」
インビジブルが解け、僕達は至近距離で顔を合わせる羽目になった。
「あ……どうも」
去ろうとしたが、気まずい。
「聞いてたのか。何、ストーカー?」
言われて、幹彦が真顔で殺気を放った。
「絶対に違います。たまたまここにいたら、あなた達が来たんですよ」
言ったが、幹彦は不機嫌に口を引き結んだままだ。よりによって、ストーカーと疑われるなんてなあ。
「誤魔化そうったってそうはいかねえぞ、おい」
中の一人がケンカ腰に言うので、幹彦が耐えかねて言ってしまった。
「興味もないやつらのストーキングなんてしたって意味がねえ」
それで彼らの顔は凍り付き、克美さんは、
「顔だけだと思ってるんでしょう!? バカにして!」
と言うや、ドスドスと足音も高く歩いて行ってしまった。
「あ、克美!
おい、どうするんだよ」
「知らねえよ」
「もう関係なくね?」
残された彼らはまたももめはじめた。
僕達も関係ないからと離れて行こうとしたが、チビ、幹彦が足を止めた。
遅れて僕も気付いた。
「遅かったようだぜ。彼女すっかり囲まれちまってる」
ああ。内輪もめなんて放っておけばよかった。
僕はオオカミの群れが包囲を狭めて行くのを、じっと見て嘆息した。




