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剣聖と剣聖候補

 剣聖が強いのは当然だ。誰よりも強い。

 しかし前の剣聖は、それでも満足できなかったという。より強い敵と戦いたいと世界中を旅して回り、敵を求め続けた。

 そして最も強いと言われていたドラゴンの王に挑み、首をはねられて死んだという。

 しかし未だに、死んだ剣聖の亡霊が黒い愛馬にまたがって敵を求めてさまよっていると言われている。


「それ、霊なのか?物理的に斬れるのか?」

 訊くと、チビは、

「いや、あまりにも念が強いせいで実体を得ているらしい。物理的に攻撃できるぞ」

と答え、それで幹彦は嬉しそうに笑った。

「よし!」

「え、行くの?」

「行くぜ!」

「剣聖対剣聖候補か」

 チビが感慨深そうに言い、すっかり乗り気になった幹彦は、修行の最終目標を前剣聖に定めた。


 その前剣聖はどこにいるのか。

 それはダンジョンでも魔の森でもなく、精霊樹から、キキの村とは別の方向に1日ほど歩いた辺りだという。そこにドラゴンの巣が当時はあったせいだ。

 今はドラゴンもおらず、ただ前剣聖だけがいるらしい。

「何人かが挑んでは殺されている」

「そうか。まあ、俺も頑張ってみるかな」

 一旦精霊樹へと跳び、周囲を見た。

 相変わらず何もない、世界の果てのような光景だ。

「こっちか」

 そう言って歩き出す。

「ミキヒコ。前剣聖には、これまでのようなルールはやめておけ。全力でかからずになめたまねをすると、間違いなく死ぬぞ」

 チビがそういい、幹彦は神妙な顔つきで頷いた。

「ああ、わかった。持てる全てを使うぜ。

 だから、また見ていてくれ」

 それに了承しながらも、間違いなく危ないという時には介入しようと僕は決めていた。

 なあに。どうにかして幹彦の所に行って転移すればいいのだ。何とかなる。してみせる。

 そんな事を考えながら方向を時々確認しながら歩いて行くと、荒涼とした大地にぽつんと立つ影が見えた。

 ハッキリは見えないが、前剣聖以外に考えられない。

「あれだな」

 幹彦が、静かな闘志をたたえて言った。

 そのままの足取りで近付いて行くと、だんだんとその異様な姿がハッキリと見えてきた。体も身につけているものも全てが真っ黒で、大柄な男だと辛うじてわかる程度の人が、真っ黒の馬にまたがっていた。

 ただし、聞いていた通り頭部はない。

 武器は大剣で、刃は厚い。

 手前で僕とチビは足を止め、幹彦が一人で近づいていった。

 距離を置いて立ち止まると、前剣聖は頭部はないにもかかわらず、幹彦を見たのがなぜかわかった。

「前剣聖か」

 応えはない。まあ、口もないからか、応える意思がないからか。

 幹彦がサラディードをゆっくりと抜くと、前剣聖も大剣を構えた。

「いざ」

 幹彦が、獰猛に笑った。

 いつ動いたのか、よくわからなかった。気付くと双方がぶつかり合っていたというのが正直なところだ。

 馬も大きく、その上から振り下ろされる大剣は、前剣聖の力を加えるととんでもない重さを持っているだろう。それを幹彦は受け止め、流した。

 馬に乗った相手とやり合う経験は、流石にないだろう。やりにくいはずだ。

 それでも見ていると、ハラハラというよりも、ドキドキ、わくわくする。不思議なものだ。

 ただ剣のぶつかり合う音がするだけで、静謐な、儀式めいた感じがする。

 それでもこのままでは、幹彦が不利であることには違いがない。

 どうするのかと見ていると、馬の足で蹴り飛ばそうとするのを幹彦は距離をとってかわし、その位置から刀を振る。

 飛剣が馬に命中し、馬は態勢を崩して足を折った。その馬上から、前剣聖が降りる。

「地面に引きずり下ろしたな」

 チビが目をらんらんと輝かせながら言った。

 そしてまたいきなり、打ち合っていた。1合、2合、3合。

 前剣聖は強い力で押し込もうとしているようだが、幹彦は巧みにそのベクトルを変えてまともに受けず、流している。

 その内にじれたのは、前剣聖の方だった。

 大きく踏み出して、振り上げた大剣を力強く振り下ろす。幹彦はそれを流してそのまま斬りかかろうとしたが、前剣聖も、返す刀で切り上げてきた。

 幹彦はそれをのけぞってかわしたが、態勢を崩すことになった。

 それを見逃す前剣聖ではない。ここぞとばかりに攻め入った。

 が、それも幹彦の作戦だったのか。幹彦はふわりと大剣を絡め取るようにして巻き上げ、肩口から前剣聖を斬り下ろした。

 大きく大剣を頭上に掲げた形になっていた前剣聖には、それを防御するだけの時間的余裕はなかった。

 それでも幹彦に一矢報いんとした大剣の刃を幹彦は体を低くしてかわすと、地表すれすれを滑るようにして背後へと抜けた。

 前剣聖が硬直したように動きを止め、幹彦も刀を振り抜いた格好で動きを止める。

 何が起こったのかと目をこらしていると、前剣聖がぐらりと揺れ、輪郭がぼやけたようになると、端からさらさらと崩れてヒトの形を失っていった。

 それと同時に幹彦は体を起こし、納刀した。

 前剣聖と馬が消えてしまうと、そこにマントが残った。

 それを幹彦が拾い上げ僕とチビは急いで幹彦のそばへと行った。

「やったな!」

「たいしたもんだ、ミキヒコ」

 幹彦は疲れたような満足したような溜息をつき、空を仰いだ。

「はあ、やった!でも、強かったぜ、流石に」

「そりゃあそうだろ。前剣聖だもんな」

 言って、僕もほっとして笑う。

 幹彦はマントをしげしげと見た。

「なんだこれは。マント?大正時代とかにこういうの着てたんじゃねえ?」

 それはしっかりとした生地の黒いマントだった。それをよく視てみる。

「あ。飛べるんだって」

 幹彦はマントを見、少し困ったように、

「スーパーマンかよ」と言った。


 その後、ふとした拍子に免許証の裏を見ると、幹彦の『剣聖候補』から候補の文字が消えていた。






お読みいただきありがとうございました。御感想、評価などいただければ幸いです。また、近況報告にてご報告させていただきましたが、TOブックス様より書籍化が決まり、現在オンラインストア予約サイトより予約受付中です。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おめでとう!!! 修行の脳筋具合に笑ってしまいましたが、努力を続けられた成果ですね。
[一言] ∑( ̄□ ̄;)剣聖、代替わり? 剣聖、満足して昇天した? 実は、マントに乗り移っててつけると、『儂は空も飛びたかったのじゃあ~、しかし、前は鎧と黒天号(勝手に命名馬の名前(笑))…
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