第71話 責任問題
一人の若き王子が発狂した。
「先生ぇぇえええ! 先生ぇえええ!!! う、あ、ああ……ああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼ッッッ!!!!!」
史上最強の勇者にして人類の英雄ボーギャックの戦死。
「王子、気を確かに!」
「いかん、気を失われて……ラストノ王子を早く寝室へ!」
その生首が地上全土の空に映し出された瞬間、人類の中で何かが途切れた。
戦場で戦う兵士たちだけではなく、各国に駐留する兵、民、そして……
「なんという……嗚呼……全てが……全てが……」
玉座にて、もはや絶望しかなく項垂れるしかない、帝国を収める皇帝。
もはや激しく老い衰えたように頬もこけて弱弱しくなっていた。
「ッ……ボーギャック……」
皇帝にとって、ボーギャックはただの臣下ではない。
もっとも信頼する右腕でもあり、剣でもあり、長年苦楽を共にし、共に魔王軍を打倒した人類の未来を夢描いていた友でもあった。
そのあまりにも大きすぎる存在が生首晒されている。
ボーギャックを慕っていた王子同様に、自分も意識を手放して倒れこみたいぐらいだった。
だが、それはできない。
「皆の者よ……ギャンザや……シュウサイはどうなったか?」
その場には一人だけではない。多くの大臣や軍関係者が集い、戦場の状況や報告を受けては即座に地図と駒を並べて再現している軍議の場。
しかし、今その場にいる全員の顔は皇帝同様に絶望に染まっている。
「陛下……キハクはギャンザ将軍やシュウサイ様については『倒した』と言っております。生首を晒さなかったところから、生け捕りにしたのかもしれません……」
「そうか……生きていてくれたらよいが……いや、この場合……そちらの方が地獄かもしれぬ……あの二人を生け捕りということ……これ以上ないほど恐ろしい」
本来、頼もしき仲間の生存の可能性があるのならば喜ぶべきところ。
しかし、もはやそんな単純な話にはならないことは、この場にいる誰もが分かっていた。
そして、皇帝の言葉に肯定するように、一人の臣下が前へ出る。
今の精神的にも追い詰められている皇帝にこのようなことを告げるのは心苦しいが、もうそういったことを気にしている場合ではないほどに人類は追い込まれている。
「ギャンザ将軍とシュウサイ様は八勇将として膨大な情報量を持っています……恐らくはその情報をどんな手段を使ってでも奴らは絞り出させようとするはずです」
「……………」
「シュウサイ様は魔法だけでなく長年の知識量や連合軍全体の情報や各国の戦力……ギャンザに至っては我ら帝国のありとあらゆる情報……万が一この帝都が攻め込まれた場合の弱点、抜け道や隠し通路など全て……」
ただ戦力を失っただけではない。
今後の命運を大きく左右させるような機密情報全てを奪われる。
そしてこうしている今も……
「急報! ソーシキ王国の八勇将、シィンデール様が討ち死に! 更には敗走している連合軍も至る所で激しい追撃に合い、もはや壊滅状態とのこと!」
「急報! ガルズラブ王国の八勇将、ユリリィ様は敗走中ではあるもののまだ健在。しかし、将軍直轄の百合騎士乙女団は壊滅! 生存者不明!」
「急報! 魔王軍の進撃止まりません! メチャヒサーン王国陥落! リョジョク王国も王都が襲撃を受けており……六煉獄将のノウキンが率いているとのこと!」
「急報! 帝国領土内の東の砦……オワコーン城が陥落したとのこと!」
玉座の間に駆け込んできた伝令に、皇帝も、ゲウロも、そして他の大臣たちまでもがもう言葉を失って動けない。
人類が抵抗することもできないほど、どこから手を付けていいか分からないほど蹂躙されているのだ。
だが、絶望はそれだけではない……
「急報! 帝都で民たちが暴動を! 元クンターレ王国から吹聴されていた八勇将テラ様のこと……それが事実だったことが先ほどのキハクの言葉からも……その怒りの民衆のデモ行進が宮殿へ向かってきております! いま、鎮圧にあたっておりますが、兵たちも押されており…………」
「急報! 各国の王が……此度のことで、その……全体の作戦指揮を執った帝国に……遺憾の意をと……」
魔王軍の脅威により、人類に深い傷跡を刻み込む中、その脅威によって生み出された同じ人間たちの暴走や責任のなすりつけ合いなども始まった。
だが、帝国にとってトドメとなるのは……
「ボーギャック……ギャンザ……シュウサイ……すまない……いや、違うか。テラ……全ての報いはどうか私に……全ては私が立案したことだ……全ての罰はどうか私に」
人類と魔王軍の地上での大戦で、全軍総大将の指揮官として本陣に居た、帝国が誇る勇者の一人にして、八勇将のゲウロ。
大軍略家として多くの戦争で指揮を執り、人類の勝利や防衛に貢献してきた男。
その能力は国も種族も超えて認められるものであり、連合加盟国も「ゲウロが言うのなら」と指揮下に入っていた。
だが、今回ばかりは全てが裏目に出てしまった。
「テラよ、この光景を見よ! この積み上げられた死屍累々阿鼻叫喚の地獄を! 人も魔族も、平気で人を殺す! 笑いながら殺す! 楽しみながら殺す! そう……分かり合えるはずもなかった! あのとき……口先だけの反戦運動ばかりする団体とお前が組むこと……お前のカリスマ性に惹かれて流れる者たちが出ること……人類連合軍の結束を崩壊させることを看過できなかった! だから、だから……だから……」
全ては自分から始まっていた。
そして、その結末がこのようなことになってしまった。
「キハクの口からもテラのことは語られた……そして此度の大惨敗……史上最大規模の犠牲……帝国は全世界の人類から激しい非難の声を上げられるだろう……ボーギャックもギャンザも居ない帝国では、もうそれを抑え込むことも……申し訳ありません……陛下」
何とか、魔王軍からの追撃を逃れた連合軍本陣。
しかし、その逃げおおせた先の地で、ゲウロは一人遠くの空を見つめながら……
「テラよ……人類よ……すまぬ……世界は私の所為で滅ぶ……人類は……ッ……その責任は……足りるわけがないが、それでも……」
責任を取る……せめてもの償い……と言えば聞こえはいいかもしれないが、もうそれだけではない。
ゲウロはもう耐えられなくなってしまったのだ。
「神よ……どうかこの愚か者の命の償いで……どうか、人類に慈悲を――――――」
最後はもう全てから逃げ出すかのように、神頼みにまで縋るほど心を壊し……
「え? ゲウロ様? ちょっ、ゲウロ様!」
「何をッ、あ、やめ!」
「ゲウロ様、お待ちを! ゲウロ様、ゲウロ様ッ!!」
生き延びた仲間たちがそのことに気づいて慌てて駆け寄るも、もう全てが手遅れ。
ゲウロは自らの首に剣で――――だが、その時だった。
「ッ! ん? いや、待て……この場合……この状況なら、もういっそのこと―――」
「「「「あら??」」」」
自刃する……かと思われたゲウロは何か思いついたかのようにピタリと手を止めた。
駆け寄った仲間たちも思わずズッコケる状況。
しかし、ゲウロは目を見開き、ブツブツと何かを呟き、何かを企み始めた。
ゲウロは結局、何も償わなかった。




