第61話 桃色の看護を編集
ボーギャック軍および、八勇将三人の敗北。
もはや戦意喪失した兵たちには、容赦ない掃討が始まり、抵抗する者は容赦なく処刑され、投降した捕虜にも凄惨な未来が待ち受けていることは言うまでなかった。
だが、もうそういった戦後処理のようなものはエルセとジェニの耳に入ることはなく、今はただ悲惨なほど傷ついた体を癒すことに専念させられた。
「回復魔法でもあまり効果がありません……うう~、エルセ~」
「エルお兄ちゃん~」
「うにゃ~、親分~~」
クローナの屋敷にて、大きなベッドに横たわらせて、付きっ切りで看護されているエルセ。
実際には、心配でたまらないクローナ、ジェニ、プシィが片時もエルセから離れたくないだけであった。
「なんか、この技、けっこー禁断というか、人間の身体を無理やり雷化したりとかで体の構造が一時的におかしくなったり元に戻したりで……とりあえず、いつも以上の治癒力が無いから、治るのに時間かかるみてーなんだよ……すまん」
意識は取り戻したものの、しばらくは立ち上がることすらできないほど、肉体がズタズタになっており、全身を包帯でグルグル巻きにされているエルセ。
「と、とりあえず、俺、もうあとは寝てるだけだから、お前らも少し休んでていいぞ?」
「ダメです! エルセから目を話すわけにはいかないのです!」
「親分~~何かして欲しいことがありましたら何でも申し付けてくだされ!」
「エルお兄ちゃんと一緒にお休みする~」
何もできずにただ天井を見上げているだけ。
そして右も左も常に誰かが見張っており、エルセは何だか落ち着かなかった。
「エルお兄ちゃん、モゾモゾしてる。おしっこ?」
「あら、そうなのですか? ではエルセ、『また』私がします! ご安心を、もうすでにエルセの排尿のお手伝いは慣れました! 私はエルセ専用の尿瓶マスターです!」
「のわあああ、奥方様ァ、ずるいでござる~! 拙者も、子分として親分の尿意処理をお任せを―――」
「やめろおおお、お前らぁァああああ、どうにか自分でするからっ、つうか、ジェニの前でやめろおおおおお! あと、別に今は少しモゾモゾしただけで、別に小便したいわけじゃねえ!」
そして、少しでも体を動かそうとしたら、三人が目の色変えてエルセを押さえつけ、そして何でも手伝おうとしてくる。
「あっ、ではご飯ですね? 魔法瓶で常時温かいスープをご用意しております。はい、あ~~~ん」
「い、いや、自分で……」
「だーめ、エルお兄ちゃん、はい、あーん」
「親分、せ、拙者もぉ~」
最初はありがたいと思ったが、ここまでされると気を使いそうになるというか、どこか窮屈だったりする。
さらに……
「うふふふ、エルセ……スープだけじゃなく、お肉も食べないとですよ? まだ噛む力も戻っていませんから……今日も……♥」
「はうっ!?」
一番困るのは、尿の世話だったり、「こういう」お世話だったりする。
「クロおねーちゃん、私もするよ? エルおにーちゃんとチューして食べさせるんでしょ?」
「んにゃああああ、ジェニ殿ぉお、そ、それは、兄妹では、き、禁断すぎて、だ、駄目でござるぅぅう!」
「そーですよ、ジェニ。ここは、エルセのお嫁さんの仕事なのです。では……モグモグ」
それは、スープの中の肉をクローナが口に含み、噛んでほぐし……
「ん~」
「ッ、あ……んむっ」
「ん~♥ にゅ、ぐにゅ、じゅる」
「んむっん、おうぅ、お、んぐっ」
それを口移しでエルセに食べさせるのである。
このとき、明らかに色っぽく艶のある笑みを浮かべて口移ししてくるクローナは、エルセに口移しした後に、不要なほど舌を絡めてきたり……
「お~……ぶっちゅっちゅだ~……」
「はにゃあああああ、ななな、なんて、エッチでござ……ジェニ殿ぉ、見てはなりませぬううう!」
それをジェニやプシィが傍に居ようと、クローナは自重しなくなっていた。
「ぷはっ……♥」
「あう、うあ、クローナ……」
「エルセ……んっ♥」
「んむっ!?」
おかわり……はそのままキス。ようするに看護ではなく、ただのキスである。
濃厚に、濃密に、そしていやらしく……
「エルセ……こんなに傷ついて……私たちを守るために……」
「あう、あ、その、クローナ……だ、だめだよぉ……」
「そして……あんなに勇敢で、強く、かっこよく……私、焦っちゃいます。あんなカッコいいところを見せられたら、種族なんて関係なく、女は皆エルセに惚れちゃいます……」
「え、ええ? そ、そうかなァ?」
「そうです! だから、マーキングです、んちゅっ♥」
「んむっ?!」
「えへへ……もう少し体が動くようになったら…………いっぱい……おせっせしましょうね?」
「ッッッッッ?!」
愛情をこれでもかとエルセに伝え、そして最後には耳元でボソッと一言。そのとき、イタズラ成功みたいに舌をペロッと出して笑顔を見せる小悪魔クローナに、エルセももう悶々が止まらなかった。
そんな桃色の空間にどうにかなってしまいそうになり、
「ったくも~……なんかも~……昨日まで、俺ら全員の命運がどうなるかっていう命ギリギリの戦いだったってのに……何でこんなことしてんだ?」
と、エルセは思わずツッコミ入れてしまった。
「むぅ、嫌ですか?」
「い、嫌じゃねえけど……つーか、あの後は結局みんなどうなったんだ?」
「むぅ……エルセが気にする必要はないのです!」
そして、同時に気になっていたこと。
ボーギャックを倒した後、その後のことはエルセもよく聞いていなかった。
というより、クローナもあえて話題に出さないようにしていたところもある。
それは……
「キハクから連絡があった……地上の人類連合軍は半日で退却に移っているようじゃ」
「どうやら、奴らの上層部にもボーギャック達の失敗が伝わっているようだね」
「ああ。今は容赦なく追撃、掃討、殲滅に当たるように動いてることなのじゃ」
「そうか……結果的に、人類は賭けに負け、多大なる痛手を負ったわけか……これは、大きいね」
魔王城にて戦後処理にあたるトワイライトとガウル、二人の六煉獄将。
今の二人の瞳は、妹のクローナとは明らかに違うほど冷たく……
「すぐに魔鏡を使い、ボーギャックの生首を人類の民へ晒すよう手配じゃ。これで人類は圧倒的な絶望となり、士気もダダ下がり。その中で、他のシュウサイやギャンザの敗北も告げるのじゃ」
「分かった。でも、晒すのはボーギャックだけかい? あの二人はまだ瀕死ながら生きている……首を刎ねるなら―――」
「いや、首を刎ねるのはまだじゃ。というよりも、せっかく手に入れた貴重な情報源。二人からは搾れるだけ人類の機密を搾り取る」
「できるかな? 拷問や凌辱で口を割るとは思えないけど……」
「なに、脳みそを弄って強引に情報を抜き取る。それは、参謀に一任しようと思う」
「……参謀に……それは気の毒に……」
とてもではない、表では決して語れず、そしてエルセたちにはまだ知られない、戦の裏であり闇の部分についての話が進んでいたからだ。




