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奪還戦①

「──なんで、みすみす逃したんだ」


 街へ戻る帰路の途中。バルは唐突に告げた。

 どこかで指摘してくるのではないかと、薄々ピヨコは予想していた。


「お前の禁術を使えば、崖から飛び降りる前に捕まえることもできたはずだ」


 問い詰めてくるバルに、ピヨコは用意していた言葉を返す。


「無闇に追い詰めたら、私が反撃を受けたかもしれないじゃない」


 バルは小馬鹿にするように笑った。


「どうだろうな。おおかた、自分の手で止めを刺すのをためらったんだろ」

「……だったら何。アイテムは奪ったんだからいいでしょ」

「いいや、問題だ。俺に協力する見返りとして一回戦目の勝利方法を教えてやったんだ。あの男がまた奪い返しに来る可能性を考えなかったのか? 摘み取れたはずのリスクをお前は摘み取らなかったんだ」

「戦力差は明らかでしょ。奪い返しになんて……」


 来ないだろう、と言いかけたところに、バルが割り込んで言う。


「絶対ない、と言い切れるのか?」


 返答につまったピヨコを、バルはふっと笑った。

 この男もホッジが戻ってくる可能性は低いと思っているはずだった。そうでなければ、足をとめてまでこのような話をするわけがない。

 ピヨコを試すような言動をしているのは、優位に立って相手を思うように動かしたいからだ。


「何が言いたいの」

契約(・・)のことを忘れていないだろうなってことだよ」

「……忘れる訳ないでしょ」


 助かりたい一心で、ピヨコはバルに協力することとした。


 バルは態度こそ尊大であるもののけして愚かな男ではない。

 一回戦目の時点で、無茶な要求をすることはなかった。ただの口約束に大した強制力はないと、バル自身理解していたからだ。


 だが、ボーナスを与えられた後、バルはその本性を顕にした。


 バルの禁術は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ボーナスの内容にいち早く気づいたバルは、意外にも自ら禁術の内容を明らかにした。

 さらに、禁術を使って信頼できる契約を結びたいと告げたのだ。


 契約の内容は、互いの要求を出し合ったものになった。

 バルの要求は、デスゲーム中ピヨコは自身が不利にならない限り、バルが有利になるよう行動すること。

 ピヨコの要求は、デスゲームからピヨコが抜けられるように協力すること。


 このとき、ピヨコはバルの実力を買っていた。

 実際バルは、一回戦目で主催者の誘導を看破し、見事勝ち残っている。

 バルとの協力関係を維持すれば、ゲームから抜けられるかもしれない。そう感じていた。


 死ぬのが怖いピヨコの心理を、バルは敏感に察知し、デスゲームから抜けられる可能性を示唆した。バルは断言するように言った。死の恐怖だけで理不尽な戦いを強いるには限界がある、どこかでゲームを終えられる餌が与えられるはずだ、と。

 その言葉を信じたいがために、ピヨコは契約を交わした。バルの目論見通りに。


「なら、契約を全うするんだ」

「あんたの本性を知ってたら、こんな契約……」


 契約の締結後、バルはデスゲームの今後の予想と勝ち残るための戦略を語った。

 他人の犠牲を前提にした作戦の数々。彼の考えはピヨコの想像を越えていた。


 ──ついていけない。


 ピヨコはそう感じるまでさほど時間はかからなかった。

 この男についていけば、いずれ引き返せないところまでいってしまう。

 だが、気づいたところで時すでに遅しだった。


「本性? そういうお前はどうなんだ。他人から搾取して快楽を味わってきただろう。自分の手は汚さずに。違うなんて言わないよな。()()()()()()()()?」


 ピヨコは口をつぐんだ。


「お前がプレイヤーキラーの一味だなんて、誰も思わないよな。ロストワールドに慣れてない振りをして、野良のプレイヤーとパーティを組み、仲間のいるエリアに誘導する。優しいプレイヤーを騙して仲間の餌食にさせるのは、楽しかったか?」

「……自分が嫌な性格だなんて知ってるけど、越えちゃいけないラインはわきまえている。あんたと一緒にしないで」

「それを甘いと言ってるんだ。やれやれ、結局俺が手を貸さないといけないのか?」


 バルの言葉は質問というよりつぶやきに近かった。ピヨコではなく己に問いかけるかのように。


「どういう意味」

「くくっ、そうだな。それがいい。……次のゲーム、お前には自分の手で他の参加者を殺させてやろう」


 すでにピヨコの言葉をバルに届いていなかった。

 ピヨコはバルの発言の意味を、一瞬理解しかねる。


「正気? 私がそんなことするとでも」

「ああ。するとも。俺がそうせざるを得なくする」


 ぞっと背筋が寒くなった。

 ピヨコは契約によってバルが有利になる行動を強制される。であれば、ピヨコが参加者を殺せばバルが有利になり、かつピヨコにリスクがない状況を作ればいい。


「決まりだ。じゃあ、そろそろ街に戻るか。ピヨコ」


 一方的に告げると、バルはピヨコを置いて歩き出す。

 ピヨコは動き出せなかった。その場に立ち尽くし、遠ざかるバルの背中をただ眺めていた。


 ──今、バルについていけば賛同したも同然だ。


 ピヨコがロストワールドを始めたばかりの頃のこと。

 野良でパーティを組み、魔物を狩っている最中に、プレイヤーキラー達に襲われた。

 あっという間に仲間は殺された。貧弱な装備のピヨコは後回しにされて最後に残った。


 ピヨコが感じたのは、仲間がやられたことへの憤り、

 ……ではなく、彼らのプレイスタイルに対する興味だった。

 気づけば、ピヨコは告げていた。

『また他のプレイヤーを連れてくるから、仲間に入れてよ』、と。


 その後、PKギルドの一員となり、プレイヤーを狩るプレイングにはまっていった。

 悪いことをしてもいい、自分の楽しさを優先していい、ということが新鮮だった。

 他の誰かに悔しい思いをさせることを楽しんでいた。好意を踏みにじることに快感を覚えていた。

 自分の中に、こんな性格があったなんて知らなかった。

 バルに言われるまでもなく、ひどい人間だ。


 でも、これ以上はダメだ。これ以上いけば引き返せなくなる。

 今ここでバルと袂を分かつべきだ。


 気づけばバルが立ち止まって振り返っていた。低い声で問いかけられる。


「何している?」


 ビクッと肩が震える。


「今さら何を悩むことがある。今なら引き返せるとでも思っているのか? お前はさっきの男を騙してアイテムを奪った。もう一度、魔硝玉を見つける時間が無いとわかった上でだ。──お前はもうすでに、一人殺しているんだ」


 ピヨコがホッジと行動を共にしたのは、初めから魔硝玉を騙し取るためだった。


 彼は、古参のプレイヤーだったが、さほど攻略には重きを置いてないようだった。

 御しやすいと思った。いざ戦闘になったとき、こちらのリスクが低いと。

 だから仲間になった。実際、目論見は成功し、彼からアイテムを奪うことができた。


 刻限は近い。魔硝玉を奪った時点で、ホッジのゲームオーバーは確定したも同然だった。

 普通に考えて彼に助かる道はない。

 彼を死に追い込んだのは、他ならぬピヨコだ。


 他人を死に至らせておいて、今さら守るような倫理観があるだろうか。


 悩むまでもない。答えは明らかだ。


 ピヨコが、己が答えを示そうとしたときだった。


「……いや、勝手に殺さないでくれ」


 緊張感のない声で、件の男──ホッジが現れた。


 ◆


 ホッジがバル達に追いついたとき、何やら取り込み中のようだった。

 仲間割れだろうか。話は聞き取れなかったが、言い争っているのが見えた。


 遠くから彼らの様子を伺い、アイテム奪還のチャンスを探る。

 もっとも、ピヨコに察知されない距離では、奇襲は無理といってよかった。


 バルが歩き出し、会話が終わりそうな雰囲気になった。

 ホッジは察知されないギリギリまで近づくと、バルの言葉が耳に入ってきたのだ。


 どちらにせよ奇襲はできない。気づけば突っこみを入れており、今にいたる。


 気をとりなして、あっけに取られた表情のバルやピヨコに告げる。


「さっきぶりだな、テメーら。盗ったもの返してもらいにきたぞ」

「驚いた。まさか本当に奪い返しにくるとは」


 意外そうな表情を見せつつも、すぐにバルは冷静さを取り戻した。


「アレだけやられて、戦力の差が理解できなかったのか?」

「うるせえ」


 ホッジはナイフを手に、バルへ向かって駆け出す。


「ピヨコ!」


 バルが声を上げると、ピヨコがはっとして動き出す。

 初動が遅くとも、ホッジがバルに近づくよりピヨコが転移の術を使う方が、はるかに早い。

 行く手にピヨコが現れる。ホッジはナイフを突き出すも、ピヨコの剣に弾かれた。


「やっぱ厄介だな。それ」

「なんで戻ってきたの」

「いや、そうするしかねえだろ」

「それは、そうだけど……」


 バルが魔杖を使った攻撃役を担い、攻撃の準備をする間、機動力の優れるピヨコが防御に回る。

 ニ対一の戦力差に加えて、役割分担も絶妙だった。


 もちろんホッジも無策で来たわけではない。


 バルが魔術を発動させ、ホッジ達のいる場所へ数個の石の弾丸が飛来した。

 ホッジはピヨコのアイテムポーチに向かって手を伸ばす。


 ──ただのブラフ。


 魔術職のホッジでは、盗み(スティール)の技能を使えたとしても、成功しない。

 アイテムを奪おうとするフェイントをかけ、ホッジは弾丸の攻撃範囲を脱する。

 反射的にアイテムポーチを守ろうとしたピヨコは、やや遅れて弾丸の避けようとし、何とか回避を間に合わせる。


(ちっ……、惜しい)

 

 戦力でホッジが劣るのは間違いない。だが、付け入る隙が無いわけでもなかった。


 息の合った連携は難しいことを見越してか、バルは呪毒を使った範囲攻撃を使い、ピヨコもろともホッジを攻撃する大胆な戦略を取っている。

 確実にホッジを呪毒状態にし、じわじわと追い詰めるのが狙いだろう。


 しかし、ピヨコだけが呪毒状態になればどうか。

 あらかじめまとまった量の回復薬を用意しているはずであり、しばらくは体力回復で持ちこたえるだろうが、それにも限界がある。回復薬が枯渇しそうになれば、ピヨコは戦闘から離脱せざるを得ない。ピヨコが抜ければ戦力は五分になる。


 ──魔杖を使った攻撃は厄介だが、けして万能ではない。


「ピヨコだけ呪毒にして回復薬を使い切らせる」


 バルが見透かしたように嘲笑う。


「そんな甘いこと、考えてないよな?」


 バルが魔杖を掲げると、その先の上空に巨大な魔法陣が出現した。

 ホッジは、目を見張った。


「────っ」


 でかい。

 魔硝玉を奪われたときに見せた魔術を超える規模だった。


 巨大な魔法陣がまばゆい光を放ち、その前方に数え切れないほどの魔法陣が形成される。さらに、一つ一つの魔法陣から幾数もの石の弾丸が現れる。

 宙に浮かぶ無数の石礫。それらの攻撃対象はホッジではない。ホッジを中心とした場所一帯に照準をあわせていた。


 ──最上位に位置づけられる魔術の一つ、流星群(メテオール)


 かつて攻城手段として使われたという大魔術。

 特筆すべき広い攻撃範囲から、逃れることは不可能だ。


 無数の弾丸がもたらす重圧は相当なものだった。

 魔術の完成を前にして、ホッジは脱兎のごとく駆け出した。

 今のホッジの姿が、バルの目にはさぞ滑稽に映っていたことだろう。バルは口角を釣り上げて笑い、無情にも魔術が発動させられる。


 石の弾丸が、雨となって地上に降り注いだ。

 一つ一つの石礫が地面へ着弾する度、激しく地を揺るがし、砂塵を巻き上げる。

 あっという間に、攻撃された地帯は土煙に覆われた。


 わずかな間におびただしい数の弾丸が打ち尽くされる。

 時間にして十数秒。一瞬のようで永遠のような時間を経て、猛烈な攻撃が止んだ。

 一帯に砂埃が立ち込めている。攻撃を受けたホッジがどのような状態にあるか、バルの位置からは判然としない。だが、ホッジが魔術の攻撃範囲にいたことはもはや疑いようがなかった。


 次第に土埃が晴れ、目に映るものが明瞭になっていく。


 そして、ホッジの姿が顕になる────()()()()()()()()()()()()()


 バルの笑い声が響き渡った。


「く、くく、くはははははは! ざまあないな。この俺に勝てるとでも思ったか?」

 

 呪毒状態になると、状態異常を示す紫色のエフェクトが生じ、刻一刻とダメージが発生する。呪毒を解除する方法は、聖職者による解呪か街の施設である教会の利用のみ。いずれの手段もホッジには取れない。


 ダメージが発生しホッジの体力ゲージが減少する。少しずつのダメージだが体力は確実に削られていく。解除しなければ遠くないうちに死に至る。


 ふ──っと、ホッジは深く息を吐いた。

 バルはほくそ笑み、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくる。


「終わりだな。どうする? みっともなく泣き喚いて命乞いでもするか?」

「……まだ気が早いんじゃないか。戦闘を続ければ、先にそっちの回復薬が尽きるかもしれない」


 ホッジの反論をバルは笑い飛ばす。


「強がりはやめるんだな。ピヨコの禁術は触れている仲間も転移させられる。防御に徹すればお前が俺達にダメージを与える術はない。間違いなくお前が先に死ぬ」

「禁術……。ピヨコの転移は、やっぱり一回戦目のボーナスなのか?」

「察しの通りだ。皮肉だな。俺の誘いを断ったお前は一回戦目でボーナスを得られず、禁術の有無でこうして窮地に立たされているんだから」


 バルとホッジの間には、禁術という圧倒的なアドバンテージの差がある。否定しようのない事実だ。

 どのような策を巡らせても、ピヨコやバルの禁術が最大の障害となる。


「……お前のボーナスは、また別のものなのか?」

「知りたいか? いいぜ、教えてやろう。俺の禁術は、人と交わした契約を強制的に守らせる、というものだ」

「契約を強制する?」

「その通り、そいつは絶対に契約を反故できない。合意が必要とはいえ、相手の行動を支配できるという点では、俺達にかかっている『デスゲームについて口外を禁止する』魔術より強力だ」


 そう言ってバルは、思わせぶりにピヨコの方へ目配せした。


 二人の協力関係がどういうものなのか、ホッジは察する。

 一回戦目で仲間になったであろうことは予想していたが、貸し借りや利害の一致などの単純な理由で、ここまで協力し合えるのか不思議だった。

 自分が助かるためとはいえ、他人を蹴落とすことは誰だって躊躇する。命がかかっているならなおさらだ。バルにとっても脆い関係を結んでしまうことは無視できないリスクだろう。

 彼らの協力関係は、禁術の強制力の上に成り立っていたのだ。


 ──ふと、気づいてホッジは尋ねる。


「ちょっと待ってくれ。……回復薬を使っていいか? 放っておいたらすぐ死にそうだ」


 話しているうちに、視界に表示された体力のゲージが減り、三割を切っていた。

 追いつめられたホッジを見て楽しむようにバルは笑った。


「くくっ、好きにするがいい」


 ホッジは、回復薬である薬瓶を取り出す。

 薬瓶を口に運ぶと、体力ゲージが八割ほどに戻る。だが、体力の減少は止まらない。


「ピヨコの裏切りには驚かされたけど、そういうことだったのか」


 ホッジには、ピヨコがそこまでの悪人に見えなかった

 もちろん、彼女の人となりを詳しく知っているわけではない。だが、仮にとはいえ仲間となり、しばらく行動を共にした。少なくとも、積極的に他人を死に追いやるような人物ではない、くらいのことはわかる。


「勘違いするなよ? 契約は合意の上だ。あいつは自分の意志で俺の仲間になった。お前を裏切ったのも結局はあいつの意志だ」

「内容次第だろ。お前に有利な契約を、巧妙に結ばせることもできるはずだ」

「だから何だ。それを想定して契約すればいいだけのことだ。命のかかるゲームである以上、仲間が自分に牙をむくリスクは常にある。だが、俺の禁術を使えば契約を強制できる。裏切ろうとしても行動が制限される。わかるか? このゲームで信頼できる協力関係を結ぶには、俺の禁術が必要なんだよ」

「へえ。なら、俺もお前と契約すれば、これだけやりあった俺を生かしてくれるのかな」


 冗談めかして言うと、ふっとバルが笑った。


「望むなら、そうしてやってもいいぞ」

「……どういうことだ。魔硝玉を返してくれるとでも?」

「ああ、そうだ。なぜ俺がわざわざ自分の禁術を明かしたと思っている? 始めから契約を持ちかけるためだよ。そもそも自分の命がかかっているのに、魔硝玉の獲得をピヨコ任せにするはずがないだろう。俺はすでに魔硝玉を一つ確保している。お前を狙ったのはボーナスをより良くするために過ぎない」


 ピヨコが表情をはっとさせてバルを見た。どうやら、ピヨコも知らなかったようだ。


「くく、どうする? もちろん受けるなら、俺の利益になるよう尽力してもらうがな」

「……詳しい条件は?」

「くははははは。そうこなくっちゃなあ! カスタムアーツ、魂の誓約(アニマス・フェテロ)!」


 バルの目の前に、一枚の紙と一本の羽根ペンが出現する。

 紙とペンのいずれも深い黒に染まっており、重たく禍々しい雰囲気を放っていた。


 宙に浮かぶペンがひとりで動き出し、黒い紙の上に白く光る文字を書き連ねていく。

 紙に書かれているのは、これから結ばれようとしている契約の内容だった。

 書き込みが終わると、紙とペンが宙に舞ってホッジの前へと移動してくる。


 ペンは、取ることを促すように持ち手をホッジの方に向けている。

 紙の下部には、承諾を示す署名欄があった。


「なあに難しいことじゃない。契約はただ一つ、『俺のあらゆる指示に従うこと』だ」

「……そんなの、条件になっていないだろ」

「命を救ってやるんだから当然の対価だ。今死ぬことに比べたらずっとマシだろう? 心配することはない。ちゃんと生かし続けてやるさ。お前が俺の機嫌を損ねず、有用性を示し続ける限りはな」


 魔硝玉を返して欲しければ、要求を飲むしかなかった。

 おそらく、ピヨコのときは一回戦目の貸しを交渉材料にしたのだろう。

 バルの本当の目的は、禁術をつかって勢力を拡大することであり、自分に有利な状況で契約を迫るために魔硝玉を奪ったのだ。

 仮に拒絶されても、魔硝玉はボーナスを良くするために使えるので無駄にならない。


「さあ、選択しろ。ペンを取ってサインするか、ここで死ぬか」


 わずかな間の後、ホッジはペンを手に取った。

 愉悦の表情でホッジの行動を眺めているバルに、最後の質問を投げかける。


「……なあ。お前は、そうやって勝ち上がって何をするつもりなんだ」

「愚問だ。勝てばさらに禁術が得られる。禁術を何に使おうと主催者からの制約はない。それどころか積極的に使うことを推奨している節すらある。誘導に従うのは癪だが、それならそれで利用すればいい。禁術があれば現実社会で成り上がるの簡単だ。俺はゲームで勝ち続けて力を得る。そして、いずれ裏の世界で君臨する王となる」


 目をギラつかせてバルが告げた。渦巻く野心の炎を覗かせるかのように、瞳が強く輝いている。

 間違いなく本気の発言であると察せられた。


「お前はどうだ。うだつの上がらない人生を送ってきたんじゃないか。その代償行為にロストワールドを始めたんじゃないか。仮想世界の体験で自分を慰めているんじゃないか。俺についてくれば、もっと刺激的な人生を送らせてやるぞ?」


 ……耳の痛いことを言いやがる。


 バルの指摘は的外れではない。うだつの上がらない人生を送ってきたのは事実だ。

 なるほど、どうやらこいつは悪人ではあるものの、悪人なりの信念を持っているようだ。

 デスゲームを利用して力を手に入れ、勢力を伸ばし、果ては世界の頂点に立つ。壮大な野望だ。この男に惹きつけられる者がいたとしてもおかしくはない。

 だが──。


「がっかりだ。お前にとって、ロストワールドの魅力は、その程度なのか」

「……なんだと?」


 怪訝な表情でバルは聞き返した。

 絶対的に有利なこの状況で断られるとは、想像もしていなかったのだろう。


 ホッジはペンを後方に放り投げる。


「現実とかどうでもいいんだよ。お前の勝手な価値観でこの世界を貶めるな」


 勝利を確信して禁術の内容をべらべらと喋ってくれたおかげで、バルの底を見ることができた。


「俺はロストワールドを続けられれば満足だ。それ以外どうでもいい。選択?」


 もう芝居する必要はない。反撃の準備は整っている。

 当惑するバルへ高らかに言い放つ。


「──『お前をぶっ倒して魔硝玉を取り返す』一択だ。ボケ!」

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