カスタムアーツ
「どういうことだ。ピヨコ」
ホッジはピヨコに問いかける。
だが、ピヨコは顔をうつむかせ、残念そうな表情を浮かべるのみだった。
ピヨコに代わって、乱入してきたプレイヤーがせせら笑う。
「鈍いなお前。はじめからそいつに騙されていたんだよ」
「その声……」
聞き覚えのある声だった。男がふと気づいたように言う。
「ん? なんだお前。一回目のゲームで俺の誘いを断った奴じゃないか」
指摘されて記憶が呼び起こされる。
一回戦目で会った黒いローブの男だ。装備が変わっていたために気づかなかった。
フードを下ろしており、男の相貌が顕になっている。
ホッジと同じ人族の青年。
黒い髪と褐色の肌が、鋭く尖った緋色の目を印象づけている。
「運の悪い奴だな。あのとき俺の誘いを受けていれば、こんなことにはならなかったのに」
見知った相手だから見逃してくれないか、などという甘い願望は早々に打ち砕かれた。
口元だけ歪ませて、底意地の悪い笑みを男は浮かべていた。
「ニ対一で不利なのはそっちだが、さてどうする? 素直にアイテムを渡すというなら、穏便に済ませてやってもいいんだぜ」
「そう簡単に渡せるかよ。苦労して手に入れたんだ」
「苦労ねえ。先に一つ目を見つけたのはピヨコか? もしそうなら、当然気づいているんだろう。その気になれば、お前だけ楽に手に入れることもできたってな」
男の発言に、怪訝な表情を浮かべたのはピヨコだった。
「……マップのことか?」
宝珠洞で起きた『異変』を思い出しながら、ホッジは聞き返した。
「ああ。性格の悪い主催者らしいよな。わざわざ、アイテムを獲得していない参加者のマップに、アイテムを持っている参加者の場所を、表示しているんだからな」
先ほどまで、ホッジのマップにはピヨコのいる位置に人の形をした紫色のアイコンが表示されていた。
変化が起きるのに何の前触れもなかった。おそらく時間経過で、デスゲームの中盤以降になると、自動的に表示されるようになっていたと思われる。
なぜ、このような仕組みが設けられているのか。考えるまでもなかった。
「──参加者同士でアイテムを奪い合え。主催者もそう言っているわけだ。アイテムを手に入れられてないプレイヤーにはさぞ魅力的だろうな。プレイヤーキラーに遭遇する危険を冒して採掘する必要もないんだから」
思えば、このゲームのルールは、参加者同士での奪い合いを想定していた。
新規獲得であれば、アイテムの取得方法に制限はない。
アイテムを街に戻って審査員に渡すまで勝利条件を満たさず、アイテムの取得から勝利が確定するまで時間がかかる。
さらに、参加者同士の格差を是正するために、装備の制限と支給が行われている。
先に魔硝玉を発見したピヨコは、マップのことは知らなかっただろう。
怪訝な表情を浮かべたのはそのためだ。
ピヨコの方へ視線を移すと、彼女は会話を打ち切るように告げる。
「バル。もういいでしょ。早く済ませるよ」
バルと呼ばれた男は、からかうように言う。
「ずいぶん冷たいじゃないか。仮にとはいえ仲間だったろうに。……別れを告げる時間くらい、あっていいと思ったんだがな!」
「──っ」
言い切るや否や、バルは杖をこちらに向けた。
再び石の礫が生成され、ホッジに向けて発射される。
「土盾……!」
いつでも対処できるようホッジも警戒していた。
地面が隆起して、扉ほどの大きさの土の壁が出現。石の礫を弾く。
ホッジの目を引いたのは、バルの持つ杖だった。
杖の先端には、血のような赤黒い宝石が埋め込まれており、魔術の発動と同時に鈍い光を放った。
──あの魔杖、フェイタルロッドか……!
二階位の魔杖。
強い魔杖ほど魔術の威力を増加させるが、二階位とあって威力自体はさほど高くない。
厄介なのはその特殊効果だ。
フェイタルロッドは、すべての魔術攻撃に『呪毒』という特殊な状態異常を付与させる。
呪毒状態になると時間経過でダメージが発生し、放置すれば長くない内に体力が尽きる。
呪毒は毒状態と酷似している。だが、実際は呪いの一種だ。
解毒薬や解毒作用を持つ料理は効果がなく、聖職者が持つ解呪でしか治せない。
ホッジに解呪は使えない。
街の施設である教会で解呪する、という方法もあるにはあるが、街に戻らなければならない。
魔硝玉を持ったままホッジが街まで逃げることを許すなど、あり得ないだろう。
──呪毒にかかれば、その時点でホッジの敗北が決定する。
石の礫を防いでいる間に、ピヨコが距離を詰めていた。
右手に握られた両刃の剣が、ホッジめがけて横薙ぎに振るわれる。
ホッジは腰に下げたナイフを抜き、剣を受け止める。
体にジンとしびれるような衝撃が走った。ピヨコは距離を詰めたまま剣を引いた。
反射的にホッジは後方に飛んだ。放たれた追撃の刺突を、寸での所で回避する。
(危ねえ……! ギルドでよく助けてもらってたって本当かよ)
戦闘面での密偵は、攻撃の威力は高くないものの、俊敏性に優れている。
手数の多さから、反撃する隙が少ない。
息をつく暇もなく、バルが次の魔術を発動させようとしていた。
バルの頭上に大きな魔法陣が展開されている。周囲から魔力の光がバルの体に集まっていく。魔法陣の文様が複雑に変化し、より強い光を帯びていく。
──上位魔術、それも広範囲攻撃……!
ピヨコに釘付けにされている今放たれれば、避けるのは困難だ。
まさか、このままピヨコごと撃つつもりか!
巻き添えを食らうピヨコも呪毒を受けることになるが、おそらく、戦闘を続けられる程度には十分な量の回復薬を持ってきているのだろう。
バルとピヨコはもともとの知り合いではないようだった。付け入る隙があるとすれば、連携に慣れていない点だった。
だが、こうも思い切った戦略をとってくるとは。それはホッジの予想を越えていた。
考えている内に、魔術の発動までの秒読みが開始されていた。
巨大な魔法陣から数十──いや数百もの石礫が現れる。石礫は細長く、鋭く尖った先を照準を合わせるように、ホッジに向けていた。
出し惜しみしている余裕はない。
「──カスタムアーツ、身体強化!」
カスタムアーツ。
現実の魔術をゲーム内で再現するという、付加的な要素。
大抵の場合は、ゲーム内で用意されている魔術や技能を使った方が強い。
ロストワールドの魔術は、過去の偉大な魔術師が長い研鑽の末に獲得したものを再現しているのだから、当然だ。
だが、身体強化の魔術は実用的なレベルにいたっていた。
奇襲であれば十分に有効だ。ホッジの体の動きが急加速し、ピヨコの懐に飛び込む。
唐突なペースの変化にピヨコはタイミングを外した。袈裟斬りに切りつけようと振り出したばかりの剣を、手首を掴んで止める。
「……!」
驚いているピヨコの胴に、ホッジは思い切り蹴りを叩き込んだ。
蹴りの衝撃でピヨコの体が後方に飛ばされる。間合いを取るなりホッジは駆け出した。
ホッジが駆け出した方向は、切り立った高い崖になってた。
風属性の魔術を使えるホッジであれば、飛び降りても死ぬことはない。
そこまでたどり着けば、逃げおおせる。
背後から追いかけてくるピヨコの気配がした。
後方を伺うと、さらにバルの魔術が発動したところだった。石礫の雨がホッジ達のいる場所に向かって降り注ぐ。
ホッジは跳んだ。地面に滑りこみながら、間一髪、魔術の攻撃範囲を脱したことを確認する。
出遅れたピヨコはまだ攻撃範囲の中にいる。
あの多数の石礫をかいくぐって、ホッジに追いつくことはできない。
──このまま逃げれば、俺の勝ちだ。
しかし、ピヨコは慌てるでもなく、ただ口を開いた。
ホッジの中で警鐘が鳴り響く。直感からの警告。
「……カスタムアーツ、転移」
直後、ピヨコの姿が忽然と消失する。
そして、気配のした方、ホッジの進行方向にピヨコが立ちはだかっていた。
「まじかよ……!」
ホッジはアイテムポーチから、魔硝玉を取り出していた。
それは『何かまずいことが起きようとしている』という直感に対する無意識の反応だった。
一か八か。ホッジは、魔硝玉を崖に向かって放り投げようとする。
しかし、ピヨコがホッジの右手を斬りつける方が早かった。
真上に飛んだ魔硝玉を、またもピヨコは瞬時に移動してキャッチする。
何が起きたのか、わからなかった。
はっきりしているのは、魔硝玉を奪われたという事実だけ。
バルが次の魔術を唱え始めており、奪い返すどころか状況を分析する余裕もない。
「……くそっ!」
悪態をついてホッジは駆け出した。崖っぷちにたどり着くなり、勢いよく飛び降りた。
落下しながら、魔術を準備する。
「──浮遊!」
地面に衝突する寸前、見えない綿で包まれたかのように、ふわりとホッジの体が宙で止まった。
ホッジは地に降り立つと、木陰に身を隠して崖の上を見上げた。
バルとピヨコが、ホッジを追いかけてくる様子はなかった。
アイテムを手に入れた以上、リスクを負ってまで追う必要はない、という判断だろう。
攻撃に晒される状況は脱したとはいえ、事態はさらに深刻化していた。
はたして、今から洞窟に戻ってもう一度魔硝玉を取得できるだろうか。
(……ありえない。二人がかりであれだけ苦労したんだ)
すでにゲームの刻限も近い。どう考えても現実的ではなかった。
では、あの二人からアイテムを奪還するのか。
奪い返すには、大きな問題があった。
特に、ピヨコが最後に使った魔術だ。
アパリティオ、瞬間移動を可能にする魔術のようだった。ゲーム内にある魔術や技能ではない。つまり、カスタムアーツ──現実の魔術なのだが、それにしては強力過ぎる。
現代の魔術師ができるような芸当ではない。
あれではまるで──。
そこでホッジは一つの可能性に気づく。
──まさか、ボーナスの内容が『禁術』だったのか?
ピヨコは、勝つ方法を知っているというバルと組んでいた。
一回戦目の時点で仲間になり、その目論見が成功したのだとしたら、ボーナスを得ていても不思議ではない。
禁術。
強力さゆえに濫用を危険視される魔術で、現代では法で規制されているもの。
かつての魔術師だけが扱えた、失われた魔術。
フーガはボーナスの価値を強く説いていた。
禁術は、現実で有用な力でありながら、ゲームを有利にするものでもある。
もし推測通りなら、その禁術をバルもまた隠し持っているということ。
禁術を持った二人を相手に、アイテムを奪還しなければならない。
状況は、絶望的だった。