プレイヤーキラー
ホッジとピヨコは、宝珠洞の中を進んでいた。
岩や鉱石で覆われた一本道。
光を帯びた結晶が周囲をほのかに照らしている。
索敵スキルを持つピヨコが先頭を進み、その後をホッジが追いかける。
周囲の警戒は絶やさないようにしつつ、軽く雑談しながら足を動かす。
「ピヨコも一回戦目は、ダメだったのか」
「だって、わかるわけなくない。あんなの?」
「同感。ただ、クリアした奴が一応いるんだよな。誰か知っている人はいなかったか?」
「んー。あいにく覚えてないや」
「そっか。ならしょうがないな」
ピヨコが、こちらをちらりとみる。
「気になるの?」
「ボーナスの内容がどんなものだったのか、と思ってさ」
デスゲームに勝ったプレイヤーには、ボーナスが与えられる。
フーガは、ボーナスの価値を強く説いていた。
「主催者が言ってた……ゲームが有利になるっていう?」
「そうそう。一回戦目のことがあったから、なるべく情報があった方が誤導に気づけるんじゃないか、と思って」
「あー。またひっかけがないかが無いかは気になるよね。何をもらったんだろ」
「まあ、ある程度の予想はついているんだけど」
「え、本当?」
驚いた顔で、ピヨコがこちらを振りむいた。
「ピヨコ。前、前。……おそらく、何か特別なスキルだと思う」
「おっと、ごめん。なんで分かるの?」
「大したことじゃない。ボーナスは、ゲームを有利にする何かなんだろ? 今回のゲームは、洞窟で魔硝玉を採掘して帰ってくることだ。ドロップ率を上げるアイテム、なんて線もなくはないが、用途が限定され過ぎる。向上的に使える装備品は、そもそも今回のゲームで使えない。なら消去法で特殊なスキルだと思ったんだ」
「なるほど。言われてみたらそうかも」
ピヨコも納得したように言った。ホッジ自身そうはずれていないと感じていた。
(……とはいえ、それだけだろうか?)
このゲームの主催者は、考えが読めないところがある。一回戦目のことを考えれば、こちらの予想のしない、何かを用意していてもおかしくなかった。
「これからどうなるんだろうね。早く抜けられたらいいんだけど」
「死にたくはないよなあ」
「……こんなことになるなら、ロストワールドなんて始めなければよかったな」
始めなければ巻き込まれなかったのに、という気持ちは理解できた。
ロストワールドの運営が、デスゲームの主催者と通じている可能性だってある.
とはいえホッジの本音では、ロストワールドは悪くない、と思いたかった。
「ピヨコは普段どういう風にプレイしてたんだ?」
「んー。フィールドに出て、ギルドのみんなと狩りをする感じ。ギルドには、強い人がたくさんいて、いつも助けてもらってる。でも、私、ソロはあんまりだけど、アシストするの得意なんだよね。自分で言うのもだけど、けっこうギルドに貢献してたよ」
はじめは警戒されたものの、話してみると、ピヨコは明るくてよく喋る子だった。
よく助けてもらっているというのも納得できる。きっとギルドの中でも人気があるのだろう。
「ホッジは変わってるね。攻略系のギルドに入らないの? その方が新しいエリアも探索しやすそうだけど」
より高い難易度のクエストや、より強力なモンスターに挑むのを、攻略と呼んでいる。
攻略というだけあってこれを目的にするプレイヤーやギルドは多い。
「攻略系のギルドは、基本的に強くなることを目的にしているんだ。だから、強力な装備を整えて、汎用的に使える魔術や技能を伸ばすようにしている」
「君は違うんだ?」
「俺の最終目標は、ロストワールドをクリアすることだ」
「……もしかしてそれ、都市伝説のアレ?」
懐疑的な目でピヨコが尋ねた。その反応は至極普通のものだった。
ロストワールドの世界に、ゲームクリアなどという概念はない。
一方で、誰が言い出したのか、ロストワールドには全プレイヤーの究極目標になる隠し要素がある、という都市伝説が一部囁かれている。
ホッジはうなずいた。
「ロストワールドは過去の世界をモデルにしてるからな。かつての偉大な魔術師が追い求めた究極の到達地点。魔術の起源。終わりにして始まりの場所。ロストワールドにはそれが、裏のゲームクリア要素として用意されている、……のかもしれない」
「信じてる人いたんだ。昔の魔術師になぞらえて探求者って言うんだっけ?」
「そんな大げさなものじゃないけどな。だってほら。もし本当だったらさ、単に面白そうじゃないか。理由なんてそれだけだよ」
「そう言われたらわからなくもないかも……? あ、そろそろ着きそうだね」
一本道を抜けると、広い空間に出た。
壁や地面のところどころに、素材である鉱石が埋まっており、その一部を覗かせている。
目的のアイテム、魔硝玉の取れる第一のポイントだった。
「よし、早くアイテムを見つけてしまおう」
ホッジの言葉に、ピヨコがうなずいた。
◆
鉱石系のアイテムを取得する方法は主に二つある。
一つは、特定の場所に鉱石が定期的にポップするのでそれを取得する。
もう一つは、鉱石系のモンスターを倒してその素材を剥ぎ取る。
モンスターを倒す方が比較的取得しやすいが、魔硝玉を落とす敵は倒すのに時間がかかる。プレイヤーキラーに襲われるリスクは極力抑えたいので、今回取るのは前者の方法だ。
定期的にアイテムがポップするなら、同じ場所で待ち続けるのも一つの手だが、効率が悪い。ホッジ達は魔性玉の取れるポイントを順に回ることとした。モンスターやプレイヤーキラーを警戒しながら、二つ目のポイントに着いた後のことだ。
「……あった」
「え、本当か?」
「本当だよ。ほら!」
ピヨコの手には、透き通った暗紫色の鉱石──魔硝玉が握られていた。
「おお、やったな。じゃあ、あともう一つ見つけるだけだ」
「うん!」
幸先が良い。これなら案外簡単にいくんじゃないか。
「よし、この調子で次に進もう」
そう言ってマップを開き、ルートを確認していたときだった。
唐突に、とある異変が起きた。
異変の意味を察し、ホッジははっと息を飲む。
これは──。
「どうかした?」
唐突に黙り込んだホッジの顔を、ピヨコが怪訝そうに伺う。
ピヨコもマップを手にしていたが、何かに気づいた様子はない。
……なるほど、そういうことか。
「いや、なんでもないんだ」
発覚した事実は、今は気にすべきではなかった。
もう一つ目の魔硝玉を見つけて、それから伝えた方がよい。
だが、ホッジの期待どおりにはいかなかった。
◆
「全然ないな……」
「全然ないね……」
「他のプレイヤーがいそうな、出現頻度の高い所は避けているからなあ」
「大丈夫かな。かなり深いところまで来ちゃったけど」
「しょうがない。後になるほど、他の参加者もリスクを負ってくるだろうから、後手に回るよりかはずっといい。とはいえどうしたものか。比較的安全なところは、あらかた確認し尽くしたしな」
落ち着いて言いながらも、ホッジの状況はけして余裕のあるものではなかった。
後でもめないよう、最初に見つけた一個は発見した人のものにすることと事前に決めていた。
そのため、まだ見つかっていないのはホッジの分だ。
「ひとまず出口の方に戻った方がいいな。いざっていうときに、ピヨコだけ街に戻りやすい」
「それじゃあ君の分はどうするの」
ホッジはマップを広げた。
「もちろん採掘と並行する。来た道を引き返すんじゃなくて、別ルートで戻る」
今ホッジ達のいる広場は、三つの道が合流する場所にあった。
後方のやって来た道。
前方のさらに奥へ進む道。
そしてもう一つ、ホッジの指が示す左に折れる道だ。
「プレイヤーの数が多いから最初は避けた方だ。だいぶ二人での行動にも慣れてきたし、いけるはずだ。もちろん来たときほど楽じゃない。はらはらしてきたな?」
「……君、なんか楽しんでる?」
ピヨコは、呆れた表情を浮かべた。
「そんなことは──」
否定しようとして、ホッジは言葉を切った。
ピヨコの表情が、突如張り詰めたものに変わったからだ。
「プレイヤーが複数、前から近づいてきてる!」
「もう悩んでいる場合じゃない。いくぞ!」
ホッジが先導する形で、左の通路の方へ向かっていく。
プレイヤーキラーが広場にたどり着くまでに、通路の中へ身を滑り込ませる。
しかし、通路を駆け出してすぐに、ピヨコが悲鳴を上げるように言う。
「嘘。まっすぐ追いかけてきてる?」
「あっちにも、足音を察知できる奴がいるのかもしれない」
ロストワールドにおけるプレイヤーキラーは、大きく二つに分けられる。
一つは、単独で行動する辻斬り的なプレイヤーキラー。
フットワークが軽いので事前に察知して回避することが難しい。ただし、彼らが狙うのはもっぱらソロプレイヤーだ。二人以上で行動していれば、仮に戦闘になったとしても撃退できる。
もう一つは、チームで組織的に行動するプレイヤーキラーだ。
遭遇してしまえば、こちらも相当の数がいなけば、ひとたまりもない。幸い、複数人いる分動きが鈍重になる。彼らとの戦いは、出会わずに済ませられるかどうかにかかっている。
今回は後者。つまり戦闘になれば終わりだ。
「とにかく、通路を抜けて広場に出るぞ」
広場に出れば、道が分岐し追いかけづらくなる。
「最悪……! 前にもいるよ、他のプレイヤー! こっちは単独」
「……魔術を使う。広場を出たところでやり過すぞ」
「前のプレイヤーに見つかったらどうすんの!?」
「そうならないよう祈ってくれ!」
「〜〜〜〜!」
ピヨコの噛み殺した悲鳴を聞きながら、ホッジは魔術の詠唱を始めた。
ほぼ同時に、ピヨコとホッジが、広場に躍り出る。
そしてすぐさま、側の壁に背中を張り付かせた。
通路を出てたところから見える位置に、一人のプレイヤーがいた。
頭上に表示される赤色のネーム。
ソロのプレイヤーキラー。
物音を察してか、彼はゆっくりとこちらに振り向く。
目線をこちらを向けるのと、魔術の発動が完了のは同時だった。
ホッジとピヨコの体を包み込むように、岩の壁が出現している。
土属性の隠形術、土遁。
(ぎりぎり……!)
遅れて、プレイヤーキラー達が、広場の中に出てきたようだ。
プレイヤーキラーは基本的に、普通のプレイヤーを相手になぶり殺すのを楽しんでいる。
あえて同じプレイヤーキラーを、積極的に狙うことはしない。
だが、戦力に大きな差があるのであれば話は別だ。
戦闘音が響いてきたかと思えば、あっという間に戦闘が終わった。どうやら、もといたプレイヤーキラーは倒されてしまったようだ。
集団のプレイヤーキラーの去っていく足音が聞こえてきた。
「危なかった……」
プレイヤーキラー達の気配がなくなったことを確認して、ホッジは深く息をついた。
「……ただ、まいったな。さっきの奴らも、出口に戻るのと同じ方向に行ったみたいだ。このまま進めば、最悪また鉢合わせる可能性がある」
果たしてこのまま進むべきなのだろうか。
それとも今からでも、魔硝玉が見つかる可能性は低くなるが、元来た道に引き返すべきか。
決めかねるホッジに、ピヨコからの返事はなかった。
「ちょっと、聞いてるか?」
「いや、もうそっちに行く必要はないよ」
「え?」
ホッジははっと息を飲んだ。
ピヨコが、先ほどと形状の異なる、もう一つ目の魔硝玉を手にしていたからだ。
「広場に出たところで、見つけたの。ちょうどさっきポップしたみたい」
「まじか…………やったな!」
夢でも見ているかのように信じられない気持ちで、ホッジは歓声を上げた。
「よし、じゃあ、後は戻るだけだ」
「うん」
ホッジ達は、それから当初の予定どおり来た道に引き返した。探索する必要のない帰路はスムーズなものだった。特に問題も発生せず無事に出口へとたどり着く。洞窟の外であれば、プレイヤーキラーに遭遇する可能性は低くなる。
宝珠洞を脱して、ピヨコが軽く息をつく。
「ふう……。やっと出れたね。向かう街はエイガーでいいよね?」
商人の都エイガー。ウェンタス高原の近隣には複数の街があるが、どこに戻るかは自由に決めてよかった。ホッジ達のいる場所から、もっとも近い街がエイガーだ。
「ああ、問題ない」
引き続き、ピヨコを先頭にして洞窟を離れた。
密偵の索敵能力は、聴力によるものだ。そのため、前方向に比べて左右後ろ方向の察知能力はやや低くなる。
全方向を警戒しないといけない野外では、百パーセント事前に察知できるとは限らない。
とはいえ、ピヨコはまだ集中を切らしている様子はなかった。
遭遇する確率自体が低いし、先ほどと違って逃げる場所はいくらでもある。
──この調子で注意して進めば、大丈夫だ。
だが、一つだけ警戒しなければならないことがあった。
ホッジは、洞窟の中で気づいたことをピヨコに言おうとする。
「ちょっといいか? 一つわかったことがあって……」
注意喚起しようと思った矢先のことだった。
岩の影から、突如プレイヤーが飛び出してきたのだ。
その男は、姿を見せると同時に、魔術を発動させた。
宙に浮かんだ魔法陣から、数個の石礫が出現し、ホッジに向かって飛来する。
ホッジは、寸でのところで横に飛んでかわす。
「……ここ一番で、ばったりかよ」
苦々しげにつぶやいた。ここまで接近しながら気づかないとは。
足音を消す隠密行動のスキルを持っているか、もしくは網を張って待ち伏せしていたか?
男は、ローブに杖といった鉄板の魔術師の装備をしていた。
(問題ない。ソロのプレイヤーキラーなら、対処できる)
そう思ったときだった。意外な事実が発覚する。
男のプレイヤー名が、赤字ではなかったのだ。
プレイヤーキラーじゃない? まさかこいつ──。
「お前……デスゲームの参加者か?」
男は沈黙で返す。
デスゲームについて言及できている時点で、答えを聞く必要もなかった。
参加者がアイテムを狙って他のプレイヤーを襲う可能性を、予想していなかったわけではない。
つい先ほどピヨコに言いいかけたのが、まさにこのことだった。
突然現れた敵を前に、ピヨコは呆然と立っている。
先に心の準備をさせておこうとしたが、不運にも遭遇するのが早すぎた。
「武器を構えろピヨコ。驚いている場合じゃないぞ。アイツは俺たちからアイテムを奪う気だ」
相手がプレイヤーキラーではなく参加者になったとしても、やることは変わらない。
ホッジは魔術書を手にして戦闘態勢に入る。
遅ればせながらピヨコもまた、腰に下げられた鞘から剣を抜いた。しかし、
「ごめんね」
目を伏せながら、ピヨコがつぶやいた。
彼女の構えた剣先は、真っ直ぐホッジの方へ向けられていた。