表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

古き良き魔術

「おいおい。今日はどうしたんだ、ホッジ」


 一回目のゲームを終えた翌日の夕刻。

 職場で考え込んでいたホッジに同僚が声をかけてきた。

 顔を上げると、彼は奇妙なものを見る目をこちらに向けている。


「定時だぞ。いつもならダッシュで帰宅しているのに」

「ん? ああ、もうそんな時間か」

「……何か、変なものでも食ったか?」

「失礼な。ちょっと、昨日いろいろあったんだよ」

「いろいろって、ロストワールド以外に予定なんてあったのか」

「何て答えたものかな……」


 ロストワールドのことなんだが、ロストワールドのことじゃない──。

 そう言おうとして、唐突にそれはきた。

 頭に鋭い痛みが走る、その一歩手前のような感覚。

 これ以上口にすれば、その感覚が現実のものになるだろう。


(……なるほど、口外できない、っていうのはこう言うことか)


「いや、何でもない。ていうか、そういうときだってある。俺のことなんだと思っているんだ」

「不真面目クズ社員」

「否定しないけど、お前も大概だろ……」

「一緒にするな。俺はちゃんと、押さえるべきところは押さえている」


 もちろん、仕事のことで考え込んでいたわけではなかった。

 考えていたのは、第二回目のゲームのことだ。


 昨日のデモンストレーションとは違って、今回はペナルティがある。

 もし死ぬことになれば、二度とロストワールドをプレイできなくなる。

 まだまだ、プレイし切れていないのだ。当然、許容できることではなかった。


 第一回目は、勝つことよりもロイヤルクリームスープを堪能することを優先したが、次も負けることは許されない。負けないために、はたしてどう立ち回るべきか。


 そのようなことを考える内に、就業時間を過ぎていたようだ。


「列車の時間いいのか? 一番早いヤツもう来るぞ」

「……やべ、忘れてた」

「ほら、いつもと違う」

「まあ急げば(・・・)、間に合うし」


 同僚はにやりと笑いながら言った。


「街中での身体強化は、軽犯罪法違反だぞ」

「何細かいことを。魔動車のスピード違反と一緒だろ」

「心配だな。こういう奴がそのうち禁術に手を出すんだ」


 禁術。違法な魔術の中でも、特に危険とされているものだ。

 現代社会では、ごく一部の例外を除いて使用が禁止されている。


「うるせえ。そもそも、そう簡単に使えるもんじゃない。それじゃあな」


 同僚に別れを告げて、居室を後にした。


 ホッジは会社の門を出て、しばらく進んだところで、小声で唱える。


「……『身体強化(アケラティオ)』」


 口述による魔術の行使。

 頭の中に刻み込まれた術式(コード)が実行され、全身に力がみなぎってくるような感覚が湧いてくる。

 ホッジは地を強く蹴り、疾風のように駆け出した。


 魔動車の行き交う道路沿いのメインストリートから外れて、細い脇道に入る。

 脇道を少し進んだ先は、袋小路になっていた。

 左右に首を振って人目がないことを確認すると、軽やかに跳び上がり、塀の上に乗った。

 塀を伝って建物の隙間を進んでいく。ショートカットだ。


 ホッジは疲れもなく軽快に走り続ける。


 身体強化の魔術(アケラティオ)

 この魔術は、体内の魔力を操作して一時的に身体能力を向上させる。

 現代では廃れた古典魔術の一つだ。


 古典魔術が廃れた背景には、使用者の技量が必要なこと以外に、法律で制限されていることがある。

 身体強化も制限の対象だ。出力を抑えているとはいえ、見つかると面倒になる。


 社会を安定させる上で、個人に必要以上の武力を持たせるのはよろしくない、ということなのだろう。

 せっかくのできることが一方的に禁止されるなんて、もったいないことだ。


 もっとも、ホッジが古典魔術を覚えたのは、現実世界で使うためではなかった。


 ロストワールドには、『カスタムアーツ』というゲームシステムがある。


 これは、古典魔術をロストワールドの世界の中で再現する、拡張システムだ。

 通常は、ゲーム内で用意された魔術のみを使うが、カスタムアーツの機能により、より多様な魔術を使うことができる。


 とはいえ、現代に残る古典魔術で、ゲーム内の魔術より強力なことを行うのは難しい。基本的には、一部のコアなプレイヤーが、楽しみ方や戦略の幅を広げるための要素だ。


 建物の隙間を抜けて、ホッジはふたたびメインストリートに戻ってくる。

 駅についたとき、列車はまだ来ていなかった。


(……よし、なんとか間に合った)


 自宅に戻ったホッジは、ゲームの開始時刻になるのを待った。


 ゲームの内容がわからない以上、具体的な対策を練ることは難しい。

 魔術機器(デバイス)を使ってオープンなネットワークにアクセスし、デスゲームに関する情報が無いか探ってみたが、めぼしい物はなかった。


 結局先日のゲームで体験した以上の情報はない。

 だが、振り返ってみて一つ気づいたことがあった。


 主催者は、ロストワールド上でデスゲームをすることにこだわっている、ということだ。

 デモンストレーションのペナルティの扱いについても、死んでもペナルティが発生しない、ではなく、そもそも死ぬことが発生しないようにされていた。


 初めにフーガは、プレイヤーに対して『命を賭けてゲームをしていただく』と言った。

 彼らの狙いは、スリリングなデスゲームをさせることではなく、命を賭けて()()()()()()()()()()()()()()()()()ことなのではないか。


 これはあくまで推測に過ぎない。個人的な願望が入っているかもしれない。だが、


 ──もしそうなら、俺の目的と矛盾しない。いや、それどころか望むところだ。


 気づけば、二回目のゲームの開始時刻が迫っていた。

 開始時刻と同時にホッジは、ロストワールドへログインする。


 先日と同様に、ログインプロセスの途中で、視界に投影された映像にノイズが生じる。

 今回飛ばされた場所は、昨日とは違って、野外のフィールドだった。


「ここは──」


 風の吹きすさぶ高原。以前来たことのある見覚えあるフィールド。

 場所の候補が頭に浮かぶなり、ゾッと悪寒が走った。


 周囲を確認し、()()()()()()()()()()()()()を確認する。


 視界の端に表示された手紙のアイコンから、メッセージ届いていることに気づく。


 ──制限時間内に『魔硝玉』を新規獲得し、付近の都市にいる審査員へ渡してください。


 魔硝玉は、このフィールド──『ウェンタス高原』の奥地で取れる希少アイテムだ。


 ホッジは、今回のゲームにおける障害を察する。


 ウェンタス高原は、ロストワールドの中でも悪名高い、PK(プレイヤーキル)許可エリアだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ