ゲームの勝敗
大量の魔物が会場の中へと押し寄せる。
魔物の近くにいたプレイヤー達が、慌てて反対側へ逃げ出した。
彼らの作った料理はその場へ置き去りにされていた。
彼らが何を作ったのかは分からない。
だが、料理の美味さを競う勝負じゃないと分かった以上、すでに不要なものだろう。
もっとも、逃げたところで彼らが勝ち残れるとは考えにくかった。
審査員に挑むとは、魔物と戦うという意味であることは、もはや疑いようがない。
では、なぜわざわざ料理を作らせたのか。
ホッジは、手にしたスプーンで、ロイヤルクリームスープを口に運ぶ。
以前、味わった濃厚な旨味のスープが口に広がった。
ほどなくして、体の周りがほのかに光るのが見える。
ロイヤルクリームスープを食べたことによる体力回復の演出だ。
(やっぱり、料理の効果も有効か)
ミニゲームといえど、普段のロストワールドと同様、食べ物の効果が発動している。
であれば、あの魔物が次にする行動は──。
気づけば、プレイヤー達は大量の魔物に追い詰められていた。
植物型の魔物が、毒々しい花弁をこちらに向ける。
花の中央から鱗粉──麻痺毒を持った細かな粒子が飛ばされる。
トキシタクル、というその魔物は、状態異常の能力を使う。
通常のフィールドでは距離を取れば回避できるため、さほど脅威ではない。
だが、この数にこの密閉された空間では避けようがなかった。
鱗粉が拡散し部屋一体を覆い尽くしていく。
トキシタクルの純粋な戦闘力は低い。
速攻を仕掛けて花粉を吐き切る前に倒す、という手もあったかもしれない。
だが、トキシタクルの前に、同じく麻痺毒と麻痺毒耐性を持ったトカゲの魔物、デッドリィゲッコーが立ちはだかっている。
トキシタクルを倒そうにも俊敏な彼らがそれを阻むだろう。
結局、プレイヤーは麻痺毒をどうにかしなくてはならない。
逆に言えば、麻痺毒さえ対処すればどうとでもなる。
──勝つのにレア食材なんていらない。
料理は、この『麻痺無効』の効果を持つものであれば、何でもよかったのだ。
では、料理の効果で対処すべきものが麻痺毒だと特定できたのか。
それもヒントが与えられていた。
レア食材の数が限られていたように、全体的に食材の数には偏りがあった。
基本的に一部の例外を除いて全員に同じ食材が行き渡ることはない。
はじめは、それをプレイヤー同士に食材を奪い合わせるためだと思っていた。
しかし、実際は逆だったのだろう。
フーガは言った。『全員に勝つチャンスがある』と。
例外的に麻痺毒耐性を与える料理だけが、豊富に食材を用意されていたのだ。
食材の偏りがあったのは、そもそも他の食材は勝つ上で必要なかったからだ。
(……なるほど。そういう意図だった訳か)
ホッジの周囲にも鱗粉が立ち込めてくる。逃げようもなくホッジも鱗粉に包まれた。
麻痺毒により、体の自由が効かなくなる。
数体のデッドリィゲッコーが、ホッジに駆け寄ってきた。
いつもなら訳のない相手だった。だが、今は対処のしようがない。
先頭のデッドリィゲッコーが、飛びかかってくる。
鋭い爪の伸びる前腕と、牙の覗く大きく開いた口が、迫ってきた。
デッドリィゲッコーの攻撃を受ける直前、ホッジは笑った。
──問題ない。すでに目的は達成した。
そう考えて、ホッジは行動不能となった。
◆
「これにて、第一回目のゲームは終了です。プレイヤーの皆様、お疲れ様でした」
ゲームの終了が、アナウンスされる。
行動不能の解けたプレイヤー達がそれぞれ起き上がる。
「敗北してしまったプレイヤーの方。今回はデモンストレーションですので、気落ちせず、次回に繋げていただければと思います」
プレイヤーの一人が、声を荒げた。
それは、エルフと揉めていた狼人だった。
「ふざけるな……! 料理の美味さを競うんじゃなかったのか。こんな結果、無効だ!」
彼にとっては他人を攻撃してまで得た食材。今にでもフーガに掴みかかりそうな勢いだった。
「料理のうまさを評価する。……妙なことを、おっしゃいますね。私が申し上げたのは、『料理を作っていただき、審査員に挑んでもらう』、それだけです」
「それを騙したって言っているんだ! こんな理不尽なゲーム、認められるか!」
フーガは涼しい顔で答えた。
「理不尽。実に良い点をついております。そうです。このゲームは理不尽なのです。その点については、許容していただくほかございません。実際今回のゲーム、あなたのおっしゃる『騙し』に気づき、勝利された方がおります」
プレイヤー達は互いに顔を伺い合った。
先ほどの混沌とした状況の中で、誰が死なずに残っていたか、知るものは少ないだろう。
実際フーガの発言に嘘はなかった。フーガの言ってることは、言外のルールに注意して誘導があったとしても自分自身が看破しろ、ということだ。
「もっとも、無理に納得していただく必要はございません。私に申し上げられるのは、それができなければ、次もまた敗北するだろう、ということだけです」
ペナルティが発生しないのは、今回のデモンストレーションだけだ。
次に敗北する、ということはすなわち、死を意味する。
主催者が変わらずプレイヤー達の生殺与奪を握っていることを突きつけられ、狼人も口を閉ざす他なかった。
「第二のゲームを明日の同時刻に実施します。詳細は、皆様のアカウントにメッセージを送るのでご確認を。このゲームの口外については、禁止──正確にはできないようになっていますので、くれぐれもご注意ください。では、また次のゲームで」
別れの言葉を合図に、会場からプレイヤー達の姿が消失した。
◆
「──これで、一回目が終了ですか」
参加者のいなくなった会場で、フーガはつぶやいた。
「結果はどうだった?」
振り返ると、フーガと同様ハーフマスクをつけた男、仲間の審査員が現れていた。
「誘導を看破してクリアできたのは数えるほどですね」
戦いというものは、些細なことで勝敗が変わってしまう。ルールはあるようでないようなものだ。
彼らには、その本質的な戦いをしてもらわなくてはいけない。そして、本当のゲームはこれからだった。
「では、いつも通りか」
「おおむね、そうですね」
「何かあったのか?」
「一人、気になった行動をしていた者がいまして」
「特定の誰かを気にするなんて珍しいな。システムの穴でもつかれたか?」
主催者の把握していない抜け道があった場合、使えないようにするか、そのままにするか検討しなくてはならない。ゲームが成り立たなくなることを防ぐためだ。
フーガは首を横に振った。
「いえ、そのプレイヤーは、誘導に沿ってレア食材を使った料理を作り、そして敗北しました」
「……それのどこに気にすることが?」
「そのプレイヤー、審査員が登場する前に、食器に手をつけていたのです」
仲間の男が怪訝な表情を浮かべた。フーガと同じ心境であっただろう。
「……誘導に気づいていた? いや、それは妙だ。それなら、普通に料理を作るはずがない」
「そういうことです。そのプレイヤーは、別の理由で『自分が食べるための料理』を作ったということになります」
「……。そのような行動に、何かメリットがあるのか?」
「あります。単純なことです。今回のゲームはペナルティがありません。さらに、通常でなかなか手に入らないレア食材が用意されていました」
「まさか、そのプレイヤー……」
そのまさかであった。
◆
ホッジの意識は、現実世界の自室に戻っていた。
先ほどのゲームを思い出しながらつぶやく。その声色は、敗北した者のそれではなかった。
「いやー。やっぱ美味かったなロイヤルクリームスープ! 強いて言えばもっとゆっくり味わいたかったけど、完食できてよかったー」