選択肢
「料理……?」
ホッジは思わずつぶやいた。他のプレイヤーも不可解な表情を浮かべている。
「怪訝な表情をされていますね。そうです。食べる料理のことです。ロストワールドは、さまざまプレイスタイルで楽しむことができる自由なゲーム。その一つに、料理システムがあることは、皆様もご存じの通りです」
ロストワールドの料理システム。
チュートリアルを終えたプレイヤーなら、誰でも知っていることだろう。
ゲーム内には、食べ物の属性を持ったオブジェクトがある。口元に近づけ食べる素振りをすることで、食べ物が消費され、スタミナが伸びるなどの様々な効果が得られる。食材はそのまま食べるだけでなく、料理することでさらに効果がアップする。
ホッジは、食べ物の効果を目的に料理システムを使っているが、魅力は効果だけではない。
ロストワールドの食べ物は、味覚も再現されているのだ。
そのため、美食を目的に料理システムを楽しむプレイヤーが少なからず存在する。彼らは美味しい物のために、調理スキルの向上や希少な食材を集める、とったプレイイングをしている。
「これから皆様には、用意した食材の中からご自由に料理を作り、最後にその料理で審査員達に挑んでいただきます」
用意した食材というが部屋の中には、プレイヤー達とフーガ以外のものは見当たらない。
「会場の準備をいたします。奥にいらっしゃるプレイヤーの皆様、少しばかり壁から離れてください」
戸惑いながらもプレイヤー達が壁から離れると、後方の壁が動き始めた。
上に迫り上がっていき、壁の向こう側にあった隠しスペースが顕になる。
隠しスペースの中央には食材の乗った数個のテーブルが、壁に沿った外周部には調理道具が、並べられていた。
「食材はあちらに用意したものを使用していただきます。では、今回のデモンストレーションにおける制約事項をご説明いたします――」
そう言ってフーガは説明し始める。
「全体の流れとして、三つのフェーズに分けられます。
①用意された食材から何を作るか決める、検討フェーズ。
②食材を取得し料理を作る、作成フェーズ。
③最後に、勝敗を決定する、判定フェーズ。
以上の三点であり、これらを順番に実施いたします」
判定フェーズはともかく、なぜ検討フェーズと作成フェーズが分かれているのか。
説明を聞きながら、ホッジは不思議に思った。
「料理は、用意された食材を使えば何を作っても構いません。
また、作る料理の数に制約はなく複数作ることも可能です。
ただし、食材に限りがありますので、プレイヤー一人が使える食材の数は合計二十点の制限があります」
用意された食材から目的の料理が作れるか、事前に確認させるためだろうか。
調理スキルのレベルや料理ごとの練度が低いと、料理に失敗しやすくなる。
美食を目的に普段から調理スキルを上げているプレイヤーには、かなり有利なゲームだろう。
ただ、そのようなプレイヤーは少数だ。大半は、練度の高い得意料理を作ることになる。
「以上が制約事項となります。不明点はございますか」
プレイヤーの一人が、おずおずと手を上げる。
「判定フェーズで、審査員は何を基準に勝敗を決めるんだ?」
わずかに思案するような間を置いてフーガが答えた。
「答えるのが難しい質問ですね。端的に言えば、他の敗北条件を満たすことなく、審査員に『不味い』といわなければ、勝利です」
「……? 順位がつけられるわけではないのか」
「はい、勝敗はプレイヤーごとに判定されます。ですので、この勝負、皆様全員に勝つチャンスがございます」
「……逆に言えば、どんな料理を出しても『不味い』と言わせて、全員負けにもできるんじゃないか」
「ゲームの進行は公平に行いますので、そのようなことはけしていたしません。もっとも、現時点では我々を信用していただくほかございませんが」
煮え切らない様子だったが、質問者がそれ以上追求することはなかった。
他に質問者がいないことを確認して、フーガが告げる。
「では、ゲームを開始します。まずは検討フェーズですので、各自テーブルの前に移動して食材の確認の上、何の料理を作るか決めてください」
プレイヤー達は、言われたとおりに食材の置かれたテーブルへ向かった。
ホッジも他のプレイヤー達についていく。
(まさか、こんなことに巻き込まれるとはな……)
正体不明にして強大な力を持つ主催者。
唐突な命をかけたゲームの始まり。
理解の追いつかないことばかりだ。
だが、ひとつだけはっきりと理解していることがあった。
──俺は、俺の心のオアシスを守らないといけない。
ロストワールドは、ホッジにとって唯一の心の拠り所だ。
まだまだこの世界を堪能し切れていないのだ。さらに来月には新しいエリアが解放される。
主催者が何を考えているにせよ、この世界を失うわけにはいかなかった。
まず決めるべきは、何の料理をつくるかだ。
ホッジは、テーブルに置かれた食材を確認する。
食材は、野菜に果物、各種魔物の肉と、種類でグループ分けされて置かれていた。
ホッジはテーブルを周り、食材を眺めながら、作れる料理を思い浮かべる。
料理は、作るほどその料理固有の練度が上がる。練度が高いほど、料理の成功確率が高まる。
プレイヤー自身の調理スキルが高いと作る料理によらず成功しやすくなるが、調理スキルを上げていないホッジには関係ないことだ。
(普通に考えれば、使える食材の数が限られる以上、失敗しないことが必須だ)
となると、練度の上がっている料理が候補になる。
(練度の高い料理といえば、『溶岩リゾット』だが……)
溶岩リゾット。
フレーバーテキストは、煮えたぎるマグマのような真っ赤でスパイシーなリゾット。
効果は、体力回復小にスタミナ向上大、火傷無効。
火傷無効は、火属性魔法を使わない敵には意味がないものの、スタミナ向上が有用だ。
素早いアクションはスタミナを消費するため、魔術師でありながら前に出るスタイルのホッジには、重要な要素であり、自然と練度が上がっている。
(……肝心の味は、不味くはない、ぐらいだけど)
味覚機能はオフにもでき、戦闘がメインのプレイヤーはオフにしている人が多い。
ホッジは、一つの世界として体験したいというこだわりから、有効にしていた。
溶岩リゾットの材料があるか、テーブルの上の食材を確認する。
ホワイトグレーンにフレイムペッパー、レッドルーツ、ホワイトルーツ、ワイバーンの手羽先……。
(一応、溶岩リゾットの食材はあるな)
溶岩リゾットであれば、少なくとも失敗することはない。
とはいえ、溶岩リゾットでよいのだろうか。食材にはまだ余裕がある。一緒に他の料理を試すこともできそうだ。
(……ん?)
とある食材が、ホッジの目にとまった。
他の食材に、一つだけ紛れていたそれは、キノコの一種だった。
かさの部分にまるで脳みそのようなシワが入っている。色が茶色でぱっと目につかなかったが、異彩を放つ不気味な形状だ。お世辞にも食欲をそそられるとは言い難い。知らなければ、毒キノコと思われても不思議ではないだろう。
(──こ、これは、アミメダケじゃないか……っ!)
限られたフィールドで稀にしか出現しない、希少な食材でそうそう手に入らないものだ。
すぐ近くにあったそれを思わず、手に取る。
アミメダケは、禍々しい外見に反して、実は非常に美味な食材だ。
以前、フードハンターをしている仲間と一緒に食べたことがあった。
はじめは半信半疑だったが、一口食べて、きのこの旨味を凝縮させたような思わぬ旨さに、ひどく驚かされたものだ。ホッジは思い出しただけで、口の中につばが溜まるのを感じた。
調理に成功するかはさておき、味に関しては申し分ない。試してみる余地はある。
「――では、時間になりましたので検討フェーズを終了します。一度部屋の中央へお戻りください」
移動しながら、ホッジは考えをまとめる。
保険に溶岩リゾットを作っておき、アミメダケを使った料理にも挑戦する。これが無難な選択肢だろう。
そう頭の中で結論づけると、
――本当にそれで勝てるのか?
直感が異を唱えた。
大掛かりなイベントにしては、ゲームの内容が単純過ぎると感じた。
何かは分からないが、見落としている物があるのではないか。
そして、ゲームの別の側面が見え始めたのは、次のフェーズだった。
「では、作成フェーズを開始します。各自、食材を取得し、料理を作ってください」
考え事をしている内に、ゲームが進行する。
周りのプレイヤーは、一斉に駆け出してテーブルの前に向かった。
やや出遅れてホッジはその後を追いかける。
テーブルを周って、ホッジは必要な食材を確保していく。
アミメダケのあるテーブルに着き、他の食材の中から目的の物を見つける。
わずかに逡巡しつつも、アミメダケをアイテムポーチに入れたときだった。
「おい! それは俺の食材だぞ」
驚いて、ホッジは声がした方を振り向むく。
隣のテーブルで、エルフ族の男を睨みつける、狼人族の男の姿があった。
自分に声をかけられたのではないとわかり、ホッジは軽く息を吐く。
一方で、狼人族の男は剣呑な雰囲気を放っていた。
エルフは、そっけない態度で返答する。
「何を言ってるんだ。私の方が早かっただろう」
「俺が取ろうとしていたのを、お前が割り込んで取っていったんだろうが」
エルフは、両手に一つずつ、二つの果実を抱えていた。
(……初めて見るな。あれもレア食材か?)
「そんなこと知ったことか、早い者勝ちだろう。ぼうっとしている方が悪い」
「んだと? だいたい、全部もっていく奴があるか。俺にも一つよこしやがれ」
「断る。成功率は百パーセントじゃない。これでも少ないくらいだ。レア食材が欲しいなら、諦めて早く他を探すことだな。急がないと普通の食材しか残らないぜ」
食材の数には偏りがあった。
全プレイヤーに行き渡るほどの物もあれば、一つや二つしか無い物もあった。特にロストワールドで希少な食材は、この会場においても数が少なかった。
同じことを他のプレイヤーも考えていたのだろう。周囲のプレイヤーは一心不乱に、食材を確保して回っている。
狼人は周りを見回した。今から他のレア食材を手に入れられる可能性は低いだろう。さらに、何か得られたとしても料理の練度が足りるとは限らない。
エルフはふっと笑って踵を返した。狼人は固まったまま、その場から動かない。ただ立ちつくし、呆然とエルフの背中を見ている。もはや、狼人がレア食材を見つけるのは絶望的だろう。
いたたまれない気持ちで、ホッジは狼人から目を逸らす。
ゆえに、狼人が次に起こした行動を見逃した。
「……なっ…………! お前――」
エルフが驚愕の声を上げた。続いて周囲のプレイヤーにどよめきが走る。
視線を戻すと、エルフを背中から長剣で刺す、狼人の姿があった。
剣は、エルフの心臓がある位置を貫いている。疑いようもなく致命傷だった。
狼人が剣を抜くと、エルフはうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
「ははっ、ざまあみやがれ!」
狼人は倒れたエルフから食材を奪う。
ふと、遠巻きに見ていたプレイヤーの視線に気づき、鋭い睨みを利かせる。
「何見てやがる! これは俺のもんだ。奪おうって奴は殺すぞ……!」
狼人の整った装備を見る限り、それなりに戦闘能力は高そうだ。
彼より強いプレイヤーはいるだろうが、エルフの男がやられた不意打ちとは異なり、真正面から奪うのはリスクが大きい。奪おうとするプレイヤーはいなかった。
ホッジは、進行役のフーガの様子をちらと見たが、静止するそぶりはない。
どうやら、食材を奪うことはルール上問題ないようだ。
……もしかして、食材を奪い合わせるのが目的なのか?
レア食材が用意されているものの、その数は少ない。ほとんどのプレイヤーが普通の食材を使わなければならない。数の限られたレア食材を奪い合わせる。
命をかけたゲームとして、それらしいものではある。
そう、納得しかけたときだった。
「……馬鹿な奴らだ。このゲームを根本的に間違えている」
隣にいた男が、つぶやいた。
ローブとフードで判然としないが、骨格から人族だろう。ローブは深い漆黒で異質な雰囲気を放っている。背中に担がれた大きな杖も、先端におぞましい骸骨があしらわれていた。
前者は期間限定の課金装備、後者は異称持ちのドロップアイテム、どちらもシンプルに強い武装だ。
「それはどういう意味だ?」
ホッジは、黒ローブの男に尋ねた。
「聞こえていたか……? どういうも何も言葉通りの意味だ」
黒ローブの男は、思わぶりな口調で答えた。
ピンとこないホッジが首を傾けると、黒ローブはニヤリと笑って続ける。
「お前さっき変なキノコを手にとっていたな。お前もレア食材を使おうとしている口か? 悪いことは言わない。さっさと捨てて別の料理を作ることだな。そんなものに何の意味もない」
「話が見えないんだが」
「わからないか? 勝つのにレア食材なんていらないってことだよ」
「……なんでそんなことが?」
「知りたいか? いいぜ、教えてやっても。ただし、今後のゲームで俺に協力すると誓うならだ」
黒ローブは高圧的な態度で告げた。ホッジは軽く頭を搔いて答える。
「そう言われてもな……」
「別に俺はどっちだっていい。お前じゃないといけないことはないからな。とはいえ、そう多く仲間を作るつもりはない。気が変わったなら早めに声をかけることだ」
そう告げると、黒ローブは別のテーブルへ向かっていった。
ホッジは周囲に気を配りながら、アイテムポーチからアミメダケを取り出した。
アミメダケを眺めながら、黒ローブの言葉を反芻する。
「……根本的に間違えている、か」
彼が何に気づいたのかは分からない。だが、はったりで言っているようにも思えなかった。
勝てる方法を知っているのであれば、それに乗るのも一つの手だろう。後で協力する必要があるとはいえ、仲間がいることはゲームを進める上でお互い有利になる。
ホッジにとってロストワールドは唯一の心の拠り所だ。
この世界を堪能し切ると決めた自分は、どうすべきか。
結論を出すのにそう時間はかからなかった。
◆
「作成フェーズが終了しました。では最後の判定フェーズに移ります」
程なくして、フーガがアナウンスした。
料理を作る段階は、食材を獲得するときとは違い平穏に進んだ。
もっとも、レア食材を運良く得たにもかかわらず、調理に失敗したプレイヤーが悲嘆の声を上げることはあったが。
各プレイヤーの前には、配膳台のようなローラーのついたテーブルがあり、テーブルの上に各々の料理が並べられている。
ホッジの前のテーブルには、溶岩リゾットと一緒に白いスープが置かれていた。
スープの中にはカットされたアミメダケが浮いている。
アミメダケを使った料理、『ロイヤルクリームスープ』だ。
料理の作成は無事に成功した。料理の練度が低いことはどうしようもなく、失敗も覚悟していたが、幸運だった。
スープから、すでに食欲をそそられる美味しそうな香りが漂っている。
この料理が不味い訳がない。そう確信できるものだった。
「では、これより審査員達をこの部屋にお呼びします。各自調理した料理で、審査員に挑んでください」
フーガは、どこかもったいぶるように言った
──また、だ。
違和感を、フーガの発言に対して覚える。
「皆様、心の準備は良いでしょうか?」
フーガの問いかけに、プレイヤー達は怪訝な表情を浮かべた。
料理はもう作り終わっている。
であれば、後は審査員がそれを食べ、プレイヤーはただ判定を待つだけだ。
一体、何を準備する必要があるというのだろうか。
フーガの言葉は、まるでこれからが本番かのようだった。
プレイヤー達の疑問をよそに、フーガは判定フェーズを開始した。
後方から、ズズズという固いものの擦れる音がした。
振り返ると、調理用のスペースがある側とは反対側の壁が、ゆっくりと迫り上がっていた。
隠しスペースは一つだけではなかったのだ。
壁の向こうで待機していた審査員達がその姿を見せる。
プレイヤー達の表情が、驚愕に染まった。
違和感は、気づいてしまえば単純なことだった。
フーガは、審査員に『挑む』と言った。『料理の美味しさを評価させる』ではなく。
ぞろぞろと会場の中へと入ってきた審査員は二種類いた。
人ほどのサイズがある巨大なトカゲに、毒々しい大きな花を咲かせた食人植物。
紛れもなく魔物であった。それらの魔物が数え切れないほどいる。
他のプレイヤー達も悟っただろう。
審査員に挑む、とはつまり審査員と戦うということなのだと。
先頭に立ったトカゲの一匹が、ギェエエエエエと耳障りな鳴き声を上げる。
それを合図にして、会場は混沌の渦に包まれた。