Eating!
「ああ――もう無理だ……痛ッ!」
両腕を伸ばしてそのまま後ろに倒れこんで畳に頭を打ってしまい、痛みでごろごろと転がる。
頭の痛みも治まって時計を見ると既に14時を過ぎていて、昼食も忘れもう6時間も座りっぱなしだったことに気付く。
まあそりゃあ肩も凝るし手足も痛くなって当然だ――ていうか痛い!
凝り固まった手足を解すようにストレッチをしていると少しだが痛みも引いてくる。
勿論こんな優雅なはずの休日にオレ様だって好きでこんな缶詰め状態だったわけではない。
この間の中間テストの採点を普段なら複数人の先生で分けて採点するはずだが、今回は法事やら体調不良やらで自分しかこの作業をできるのがいなかったというわけだ。
何人分の解答用紙だと思ってんだ――なんてぶっちゃけ何度か途中放棄しかけたけど。
でも終わらなかったら小言を言われるのもオレなので真面目にやったというわけだ。
いやマジで誰か褒めてくれ、……いや金をくれ。
「まあ一段落ついたし昼飯でも食うかなあ」
最後に大きく伸びをしてから意気込みいれて立ち上がり、襖を開けキッチンへ行こうと足を踏み出した。
いや、正確には足を踏み出そうとしたというのが正解か。
何か柔らかい生暖かいものを踏んで驚きのあまり部屋の中まで飛びのいてしまったのだ。
恐る恐る足元を見るとそこには少年――色素の抜けた明るい髪、青と黒のボーダーに重なるベルト。
踏んだのはワークルッツだった。
「……お前、そこで何してんの」
声を掛けても廊下に伏せたまま動かないルッツを軽く蹴ってみる。
――反応がない、ただの屍のようだ。
頭の中でとあるゲーム調の台詞が流れてくるがそのままルッツを跨いで廊下に出た。
とりあえず襖を閉めてから落ちているルッツを俵担ぎにしてみるも微動だにせず何だか不安になってくる。
いつもあれだけたくさんの量を食べているわりに軽いその身体は、所謂食べても食べても太らない理想体型というやつなのだろう。
ちなみにオレは将来のこいつの健康が心配だ。
抱えたままリビングに入るとそこには誰もおらず、いつもの喧噪がまるで嘘のように静まり返っていた。
ソファにルッツを置いてから壁に掛かった大きなホワイトボードを見に行く。
予定や私信が書き殴られているそこには同居人たちの外出先や帰宅時間が残されていた。
一番早く帰ってくる夢梨でも18時ごろまでは予定があるらしい。
――ん?てことは今日は朝からずっとオレ達しか家にいなかったのか?
「ルッツ、昼飯食うか?」
「~~ッ!食う!」
ルッツは待ってましたと言わんばかりの勢いで返事をしてソファから起き上がる。
ぱっと見はおとぎ話にでも出てきそうな儚い見た目をしている彼はこの部屋に来る前に空腹で行き倒れたらしい。
「1食抜いただけで行き倒れてんじゃねえよ!朝もご飯だけで5杯は食ってただろーが!」
「だってそれは朝ご飯だし!もー皆まながいるからって誰もご飯作っといてくれないし頼みの綱は聞いてくれないしお金はないし!」
オレは気付いていなかったが一応は呼びに来ていたらしい。
まあでもあの時は必死だったからなあ、声に気付かなくても納得だ。
とりあえず冷蔵庫の中から使えそうな材料を物色してみる。
インスタントの類も結構常備しているがルッツに与えるには無駄に数を減らすだけだから勿体ない。
大人のいないところで火を使うなと教育しておいて本当によかった。
「まあでも忙しかったんだから仕方ねえだろ、あの時はメシアに救いを求めたいくらいだったんだから」
「オレにとってはメシアより飯屋のほうがずうっと大事なの!」
「おいこらオレ様は飯屋だってか?あん?」
頬をわりと本気でつねってやると痛い痛いと半泣きになっている、ざまあ。
いつもなら大人気ないと煽ってくる奴らもいないのでやりたい放題だ。
そんなことをやりつつもあり合わせで作られたチャーハンやうどんなどが机に並べられて……いや主食しかないな?
仕方がないので作り置きしておいた根菜のサラダやナムルを出しておく。
折角手抜きのために作っておいたおかず達がもったいないとも思うが、今そこまで作る労力はない。
夕飯分も少し減ってしまったからまた追加で作らなければならないかと思うと気が遠くなりそうだ。
やむを得ない――と今日の料理当番じゃない奴らにも片っ端からヘルプの連絡を入れておく。
テーブルに着くとすでにルッツがすごい勢いで料理を掻き込んでいる。
自分用に取り分けておいてよかった、確保しとかないと一瞬でなくなるからな……。
勢いよく食べすぎて食べかすが床にまで散在していた。
「おい、行儀悪いにも程があるだろ――って聞けよ!」
ルッツが全て食べ終わるの確認してから冷蔵庫の中身を再確認する。
とりあえず材料は最低限ありそうだ、黒乃様様だな。
「ルッツ、その食べ散らかしたの片付けたらお菓子作ってやるけど……」
「片付けますッ!」
片付け始めたルッツを横目に冷蔵庫から卵とバターを取り出した。