第98話 吹きすさぶ風が
王都ケースド=フォートランの一角、と言うには大きすぎる面積を持つのは所謂王城だ。王族の住居にして、政務の中心、軍務の中枢。皇居と永田町と市ヶ谷が合体したような存在である。今、その施設の一つ、近衛第1訓練場にてフォートラントの近衛と、フィヨルトとの甲殻騎模擬戦が行われようとしていた。
「ほほほっ、胸が高鳴りますわ!」
そう、悪役ムーブをかましているのは、もちろんフォルテだ。訓練場の隅っこにテーブルと椅子を持ち込み、優雅に茶を飲んでいる。
「さて、どれくらいやってくれるかな」
ご相伴に預かるのはフミネである。
ちなみに彼女たちは、彼らが負けるはずがないと確信している。ライドとシャラクトーンが騎乗する『ハクロゥ』が負けるところなど、想像すらしていない。まあもし負けることがあれば、自分たちがオゥラ=メトシェイラを持ち出す予定だ。その後、ライドたちは恐ろしい目に会うことになるだろう。
「随分と変わった騎体ですな」
「そうだな。あのような調整で動けるのか」
「見てみない事には、なんとも」
「報告では聞いているが、あの筒状の装備が風を吹かせ、跳ぶようだ」
王国騎士団長ビームライン・ジェルド・バルトロード伯爵と王太子の会話であった。
それほどフィヨルトの甲殻騎は異質だったのだ。国色の濃灰色はどうとして、上半身が分厚く、逆に下半身は繊細にも見える。特徴的なのは二つ。ひとつは足首があるという事だ。これまで多くの試行錯誤が為されたが、負荷がかかり易く、戦闘時に破損する可能性の高い部位の一つであり、要はオミットされていた箇所である。
もう一つは、両腕、両脚、背中に装着された合計7つの扁平筒状の物体だ。あれが報告で聞かされた風を纏う装備なのであろう。彼らがそれの真価を見届けるのは、もう少し後である。
「な、なあ、シャーラ」
「な、なに?」
「変な汗が出ている気がするんだよ」
「わたしもよ。どうしよう」
「そうだな。じゃあこうしよう。この戦いが終わって学院を卒業したら、僕と結婚してもらえるかい?」
「最高に情けない感じで、素敵ね。喜んでお受けするわ」
ライドとシャラクトーンは変なフラグを立てつつ、思いを伝えあっていた。
◇◇◇
「ではここに王太子殿下とフィヨルト大公閣下の御臨席の元、フォートラントとフィヨルトの模擬戦を行うものとする」
騎士団長が高らかに宣言した。
片やフォートラントは第4世代ザルトスタ型上級甲殻騎、もう片方は自称第5世代スレイヤー型上級甲殻騎。
「始め!!」
ぶっちゃけ、ライドは戦士2級、右騎士2級であり、シャラクトーンは戦士3級、左騎士2級である。すなわち騎士としては十分であるが、左右1級が当たり前の近衛に対しては、格下感は否めない。
「うおおお」
近衛騎士が突き出した穂先に対し、ハクロゥはスラスターを全開にし、後方に飛び退った。当初の間合いが3倍になる。やりすぎだ。場が凍り付く。
「今のってなんだ?」
「後ろに下がっただけなんだろう。だけど、あれは流石に」
「速過ぎる」
そう、見たことも無い回避速度だったのだ。間合い云々以前である。
「ライド、シャーラ。攻めなさいまし!!」
「避けるのは簡単でしょ? そこからどうするの!?」
フォルテとフミネから檄が飛ぶ。それに否を唱えることが二人に出来ようか。
「一歩だよ! 一歩で間合いに入れて、間合いを外すんだ!」
ああ、自分たちは幸せだ。フサフキの神髄を知る者が身近にいるのだから。
「おらあああああ!」
だから勇気を込めて、跳躍しながら、一歩を踏み込んだ。スラスターを吹かし、体勢を低くし、相手の左側へと。ライドもシャラクトーンからも、敵対する騎士が瞠目したのが見えた。横なぎの一撃が来る。
そこからさらにもう一歩。大きく踏み込んだハクロゥは完全に相手の背中を取った。
こつん。
フォートラント近衛の騎体に、背中から穂先が押し付けられていた。
◇◇◇
「いや、もう無理。無理です」
「そこを何とか! 是非私も一手」
5騎を下したと言うのに、まだまだ対戦を望まれた。そこには敵討ちなどという意志は感じられなかった。純粋に強者に挑みたいという心意気だけがあった。故に、断りにくい。
「残りは6騎ですわね。それではいっぺんに、6対1でどうぞ」
「姉さん!?」
「フォルテ!?」
ライドとシャラクトーンが、悲鳴じみた叫びをあげる。だが容赦などない。
「フミネ、言いたいことを言ってあげなさいな、後は任せますわ」
「いいの?」
「勿論ですわ」
フォルテの許可を得たフミネはすっと、息をすった。そして言う。
「うん、わたしたちなら2分以内だね」
恐るべき追い打ちがフミネから語られる。
「そうだね、助言するわ。騎体性能に頼り過ぎだよ。根底を忘れちゃ駄目だよ。踏み込んで、そこから繰り出す。後は自分で考えて」
「いや、でも」
「フサフキ」
ライドの抗議にフミネは一言だけを返した。
「もう一回言うよ。フィヨルトで学んだフサフキは、そんな大げさな物なの?」
フォルテは腕を組んで黙っている。ただ、試しの儀のように。ライドとシャラクトーンの背中に冷たい汗が流れた。奴らはマジだと。
「わたしの義弟と義妹は、分かっていないの? それとも分かっていて出来ていないの? まさか、ここで私たちが出てきて、相手を蹴散らしてはい終わり、なんてオチを期待しているの? 騎体性能は十分。それでも出来ないって言うの?」
フミネは何を言いたいのか、それが二人には伝わり始めた。次の言葉が予想出来始めていた。
「ファインとフォルンはやったよ。実戦の殺し合いでやったよ。まさか、こんな茶番でピヨったりはしないよね? ライド! シャーラ!! 勝ちなさい!!」
ぶるりと二人に震えが走る。これは演武でもなければ、示威行為でもない。ただ二人がフィヨルトであることを示すだけの場だ。
「おう!」
「やるわ!!」
「そうだよ、吹きすさぶ風になれ!」
フミネの言葉が背中を押す。
5分後、近衛騎士6騎は落ち、ハクロゥだけが訓練場に立っていた。




