第86話 フィヨルトの戦士たち
「行ったか……」
「ええ、後は」
大公とメリアが頷きあう。
「全軍、門を、壁を守れ! 絶対に敵を通すな!!」
大公の命令が戦場に響いた。
この時点で、戦域に残っているのは、フィヨルト側21騎。対するヴァークロートは68騎。第8騎士団が来なければ、既に瓦解していたかもしれない。いや、それでも状況は深刻だ。だからこそ、壁を守る。希望を迎え入れるために。
「展開して門でも壁でもこじ開けろ! 数は圧倒しているのだ! 大公も狙え!! 奴ら、何かを狙っているぞ!」
何かを感じ取ったのだろう、マイントルート伯爵が大声で指示を出した。
じりじりとドルヴァ砦の壁に引いていくフィヨルトの騎士たち。それに対しヴァークロートは散開しつつも中央、すなわち一番脆い門を守るように立ちふさがる、『シルト・フィンラント』に突撃をかけた。フィヨルト各騎は懸命に戦うが、数の差がここで効いてくる。止めることが出来ない。
そしてついに、フィヨルト側に綻びが生じた。
最初はクーントルトを含む第8騎士団の3騎だった。甲殻獣との戦闘の後、スラスターの交換と応急修理こそしたものの、そこからの長距離移動から即戦線に立ったのだ。騎体も騎士も、限界を迎えていた。
1騎は膝を着いたところで操縦席を潰された。もう1騎はスラスターが破損し、バランスを崩して墜落した。
「くっ!」
最後に、クーントルトを乗せた騎体は片脚が動作不全を起こした段階で、投棄された。それでも、クーントルトともう一人の騎士は甲殻装備を手に持ち、敵の足元で嫌がらせ程度の行動に出た。
高い機動力で左右の戦闘を支えていた3騎落ち、さらに数騎が落ちた。それでもフィヨルトは粘る。軽傷の騎士はクーントルトの様に戦いを継続した。
「流石は音に聞こえしフィヨルトの戦士たちだ。なにぃっ!?」
騎士たちが平地で戦う様を見て、砦からも兵士たちが飛び降りて来た。象に蟻が群がるように、勝てないどころか傷ひとつ付けられないと分かっていても、それでも向かって来たのだ。
「恐るべき士気だな」
伯爵は背筋に冷たい物を感じるも、それでも命令を変更しない。甲殻騎は甲殻騎でしか倒せない。それが道理だからだ。だが、この光景を見て、ヴァークロートの騎士たちの士気は持つのか?
「止めろ!! そのような命は出していないぞ!」
大公も叫ぶ。こんな事は無意味に近いのだ。だが、ここにきて彼らは大公の命令を無視した。
「お嬢が引いたってことは、何かあるんでしょう?」
「あのお嬢が黙って下がるなんてありえないすよ。何かとんでもないことやらかす気ですよね!」
「1秒でも2秒でも稼ぎますよ。フィヨルト舐めるなってことだ!!」
アレの存在は秘匿されている。だが、それを知らずとも、フォルテの復帰を彼らは信じている。
「……すまん」
大公が顔を俯ける。
「閣下、応えましょう」
「そうだね」
確かに戦士たちの戦いは、敵の足を緩めさせるほどの気迫が籠ったものだった。だがそれでも戦況は悪化の一途をたどる。1騎また1騎とフィヨルトの甲殻騎が墜ちていく。
「残騎、12ですな……」
軍務卿が大公に残酷な現実を告げる。
「敵はまだ60は、いるな」
「フィヨルタに落ち延びるというのは?」
「却下だね。ここが落ちればフィヨルタとて同じだよ。だから待つさ」
「来ますか」
「ああ、間に合うかどうかは分からない。だけど必ず来る」
「ではそれまで精々敵を減らしましょうか、っ!!」
軍務卿の騎体が揺らいだ。左膝が折れたのだ。敵の攻撃ではない、関節疲労によるものだった。
「デリドリアス!!」
「あなたっ!」
「儂にお構いなく!!」
3本、敵の槍がせまる。その内1騎にカウンターで槍を突き込むが、横合いからの槍が操縦席に突き刺さった。
「デリドリアスー!!」
騎体は崩れ落ち、軍務卿の返事は、既に無かった。直後、かの騎体のハッチが引きはがされ、血まみれの一人の女性が立ち上がる。軍務卿の妻だった。彼女は静かに立ち尽くし、それでも夫に槍を突き立てた敵を射竦めている。
「おああああああ!!」
彼女はふっと動き出した。甲殻装備を握りしめ、槍の上を走り抜ける。そして手にした骨を、相手のキャノピーに叩きつけた。重たい音がしたが、それでも破壊には至らない。何度も、何度も、彼女は同じことを繰り返した。
「あああああ!!」
ふと思い出したように、その騎体が上半身を揺すった。まるで何かを払うような動作であったが、そこに敵意は無かった。落下する女性を踏みつけないように、方向転換をする。
「うああああ!」
その場で彼女は蹲り、叫び声を上げ続けた。
「誰でもいい、彼女を逃がせ。逃がしてくれ。頼む!」
はっと気づいた大公が叫ぶ。
◇◇◇
フォルテを逃がしてから、たった5分。それがここまでの出来事に掛かった時間だった。そして、最後の時がやってくる。
フィヨルトの残騎はわずかに6騎、敵は50以上。内10騎程が『シルト』を取り囲む形となった。
「ふぅふぅ」
「ふぅー」
大公とメリアも分かっていた。騎体は下半身を中心に動きが鈍い。疲労も大きい。敵の数も多い。絶体絶命のこの状況。
「もの、がたりなら、彼女たちが、来てくれるのかな?」
「来れなくても、いいの、です。あの子たちなら、やれますわ」
「そう、だな、託せる」
「ええ」
立ちすくむ『シルト・フィンラント』に数本の槍が突き刺さった。
◇◇◇
大公はいきなり『シルト』が動かなくなったことに気が付いた。右騎士が居ない。
そしてもう一つ、自分の腹に槍の穂先が突き刺さっているのにも、気付いた。何故か痛みは感じなかった。
前に座った、メリアの胸を貫き、座席を貫き、その穂先が大公に突き刺さっていた。
メリアは、即死していた。
そして、大公もまもなく。
「ファイン、フォルン……、ライ、ド、フォ、ルテ……、フ、ミ、ネ……。メリア……」




