第85話 脈動する戦場
「とは言ってみたものの、マズいね」
「それほどですの?」
「うん、もう腰から下が真っ黄色」
「どこまでやれそうですの?」
「多分、全力戦闘やったら15分持たない、かも」
「ですがアレは許せませんわ」
「全く同意!」
予想通りフィンラントに攻め入ったヴァークロートしかり、擱座した味方の騎体しかり、そして幼いながらも戦場に出ている妹弟しかり、その全てが彼女たちには許せなかった。
だが同時にオゥラくんも危険水準に達していた。先の戦闘とここまで急行した負荷が、甲殻騎を蝕んでいる。派手に登場してみたものの、まともに戦える時間は少ない。だからこそ、フミネは壁の上で叫んで見せたのだ。
恫喝と虚勢。言葉に力を載せるのはフサフキの基本技の一つである。
「こういう時は、指揮官を落とすのが一番なんだけど」
「一番後ろでしかも護衛が厚いですわね。全く情けのないことですわ」
憤慨しながらフィヨルトの常識を、ヴァークロートの指揮官に押し付けようとするフォルテであった。そういうところが、エレガントな中央から蛮族呼ばわりされる所以でもある。
「どうするの?」
「仕方ありませんわ。強そうなのを選びながら、ベアァさんとシルトの援護をしますわ」
「各騎よろしいですか? 皆さんの騎体も負荷次第では、後退してください」
「了解!」
クーントルトを始め残り3騎は、退く気なぞ欠片も持ち合わせていなかった。
「では、突入ですわ!」
フォルテの掛け声とともに、4騎は戦場へと跳躍した。
◇◇◇
「なんだ、あれは!?」
マイントルート伯爵は唖然としていた。最初こそ増援が来たかと構えたが、傷だらけの甲殻騎が4騎のみだった。甲殻獣氾濫時に損傷した騎体を無理やり前線に出したのだろうと、そう想像した。
だが、その4騎は『飛んだ』。間違いなく飛んだのだ。実はこの段階でベアァさんは跳躍機動を見せていなかった。実戦で使えるかが不安だったためだ。しかし、オゥラくんを始めとする4騎は違う。ロンド村で、その対岸で、さらにここまでの道中で。彼らは間違いなく、大公国において最長時間の実戦機動を経験した者たちなのだ。
ついでにフィヨルト側も驚いていた。跳躍機動をする騎体の存在は上層部のみが知る事であったからだ。上層は上層で何故ここに第8騎士団がいるのか、理解できなかった。
「お姉様!」
「お姉様たちですわ!!」
素直に喜んだのは双子だけだった。
そんな状況を4騎は見逃さなかった。動きの鈍い敵甲殻騎を着地点とするように、微妙に軌道を変え、そしてオマケを付けて着地したのだ。肘やら膝やら。
ぐしゃりと音を立てたのが3騎、どがんと言ったのが1騎。前者は操縦席、後者は操縦席脇の肩部だった。そう、フォルテとフミネは人間を殺したことが、無かったのだ。さらに言えば、人を殺めずに相手を無力化することの出来る技量も持っていた。その結果がこれだ。
「ふぅ」
「フォルテ、大丈夫?」
「フミネこそですわ」
「いいよ。覚悟が出来てなきゃ、ここに来ちゃだめなんだ」
「そうですわね。わたくしも心に固めますわ」
4騎が一斉に散った。
マイントルート伯爵は、敏感に戦場の空気を読み取った。
「分断だ! あの4騎と、大公、それとあの背中に何か着けているのを囲め!!」
最早殲滅を考えてはいない。あれらを倒せば瓦解するのは決まっている。
だが、第8騎士団4騎とベアァさんの包囲は容易ではない。跳んで逃げる。ついでに着地の瞬間には、きっちりとオツリを渡す。フォルテたちを見て、双子も跳躍機動を解禁していた。
「やむを得ない。時期を見逃すな、隙あらば『やれ』!」
伯爵の指令が飛んだ。
◇◇◇
戦場では様々な要因で、もしくはほんの小さな切っ掛けで、事態が大きく変わることがある。今回は擱座した騎体だった。
メリアと大公は、当然それを避けた。だがそれにより移動が制限された。それでも新型甲殻腱を持つ『シルト・フィンラント』は反応が速い。問題なく包囲を許さないはずだった。
みしっ。
軽い、だが重大な音が『シルト』から聞こえた。昨日の氾濫からこちら整備はしていたものの、完全なオーバーホールなど出来てはいない。さらに『シルト』は、本日の戦闘で最も苛烈に戦ってきていた。新型甲殻腱に対する騎体強度の検証も、少なかったのかもしれない。
「やれ!!」
ほんの一瞬の停止、それを伯爵は見とがめた。敵騎2騎が突っ込んで……、打撃を加えなかった。彼らは両腕を広げ『シルト』の腰にしがみついたのだ。
「らあああ!!」
メリアが珍しい大声を出して、片方の敵に肘を落とした。的確に操縦席を潰された甲殻騎は崩れ落ちる。だが、もう片方を堕とす前に、3方向から槍が突き出されていた。
フォルテは広い視野を持つ。だからこそ見つけてしまった。だから叫ぶ。
「お母様あぁぁ!!」
「っ! フォルテぇぇ!!」
「んにゃるぁぁぁ!!」
オゥラくんが全力で踏み出し、4基のスラスターにフォルテとフミネの全力なソゥドが叩き込まれる。戦域に稲妻が走る。
ばぎん!
右脚が膝から脱落したが、二人は構いもしない。そのままオゥラくんは、『シルト』を抑え込む騎体に肘を叩き込み、その姿勢から『シルト』に背中を押し付け、吹き飛ばした。
「飛べええええぃ!!」
既に全力となっているスラスターを吹かし。オゥラくんは垂直に飛び上がった。その下を3本の槍が通過した。
直後、第8騎士団の3騎と軍務卿の騎体、さらにベアァさんが駆け付け、危機は脱せられた。だが。
ばあぁぁん!!
オゥラくんの持つ4基のスラスターは、ほぼ同時に砕け散っていた。
「お姉様っ!!」
落下するオゥラくんを抱きとめたのは、双子の駆るベアァさんだった。
「ファイン、フォルン。二人を連れて工廠まで離脱だ!!」
「だけどっ!」
「命令よ!!」
大公とメリアの厳しい声が双子に叩きつけられた。
「了解。すぐ戻るからね」
ファインが答える。
「いや、戻るな。そのまま工廠を守れ!」
「どうしてっ!?」
フォルンの悲痛な叫びが響く。
「よく聞いて、ファイン、フォルン、それにフォルテにフミネ。アレを起こして。わたくしたちに希望を見せて!」
メリアスシーナはアレと言った。希望と言った。名指しされた4人はそれを受け止めた。




