第80話 西へ、西へ
「タイムラグが厳しいね」
ドルヴァ砦への裏道を突き進む中で、フミネが呟くのをフォルテは聞き逃さなかった。
「たいむらぐ?」
「ああ、情報伝達の時間差ってこと。あの使者さんだって、王都から3日かかったんでしょう。ならもう4日以上も前の情報から推測して、わたしたちは動いているんだよ。現地に着くのも閣下たちが動いてから7日も後になりそうだし」
「戦ともなれば、それも当然ですわ。わたくしたちがドルヴァに着いた時には、もう事が終わっている可能性が高いですわね」
「まあそうだよね。そういうのを全部受け止めて、その先を決められる人材とかいたら助かるのにねえ」
「そうですわね。今のフィヨルトにそういう人は少ないですわ」
「本当、ケッテがいてくれたら、どれだけ楽が出来るんだろ」
「同感ですわ」
二人が乾いた笑いを交わす。
「無い物強請りしても始まりませんわ。今は急行して、第5騎士団を捕まえますわ」
「うん、りょーかい」
◇◇◇
出立して2日目の昼頃、第8騎士団特別小隊は裏道を行軍する部隊を捕捉した。今こんなところを移動しているのは第5騎士団以外ありえない。
「味方ですわ! 第8騎士団長フォルフィズフィーナですわ!!」
「こ、これはお嬢様! このような所で」
「緊急ですわ。団長を、オレストラは何処でしょうか?」
「っ! ご案内致します!」
その兵は状況が緊迫しているのを理解してしまった。フォルテの目力が凄いことになっていたからだ。
「通せ! 道を開けろ! お嬢様が緊急のお通りだ!」
案内する兵士の叫びで、道が開かれていく。そして数分、遠くに旗が見えた。第5騎士団旗である。
「案内ご苦労様。ここまででいいですわ」
「はっ、ですがまだ」
「フミネ!」
「了解!」
同時に、オゥラくんが跳んだ。道中の兵士たちに熱風が届かないように、間違えても踏みつぶさないように、道の端にある木の枝を踏み台にして跳躍していく。こんなことが出来るのは、今のところオゥラくんだけだ。クーントルトたちは後で追いつけばいい。
「オレストラ!」
着地と同時にフォルテが叫ぶ。1騎がハッチを開け、そこからオレストラが立ち上がった。
「お嬢様!? ここにいらっしゃるということは、変事ですか」
「そうですわ。一度行軍を止めてくださいまし」
「了解いたしました! 騎士団行軍停止だ。伝令飛ばせ!」
オレストラはフォルテの言葉に一切の疑問を挟まず、命に従った。
「どこまで伝わっていますの?」
「はっ、5日ほど前にドルヴァ渓谷に甲殻氾濫の予兆を確認、急ぎフィヨルタに戻り防衛任務にあたれ、です」
「東部でなにが起きたか、伝わっていないということですわね」
「はい」
やり取りを聞いていて、やはり伝達速度がネックだとフミネは思ってしまう。分かっていても無い物ねだりをしたくなるのは、日本から来たから仕方がないのだが。
「フミネ、詳細説明をお願いしますわ」
「南東でも、大型個体を含む7000規模の群れの移動がありました」
「なんとっ!」
「第6騎士団とわたしたちで撃退はしましたが、問題はそれが人為的だったということです。フォートラントによるものでした」
「……」
オレストラが苦い顔をする。確かに人為的に甲殻獣を誘導し、相手を混乱させるのは有効な手だ。だが、甲殻獣との闘争にあけくれるフィヨルトでそれをやってくれるとは、どうしても怒りが込み上げてくる。
しかもそれをやったのが、フォートラントだということだ。謀略は日常茶飯事であれど、連邦の同胞に対してやることか。
「確証は得られているのでしょうか」
「ええ。現場にいた国境砦の兵士2名を捕縛し、証言を得ました」
「そうですか……」
「問題はここからです。東と西で同時に起きた甲殻獣の移動、偶然だと思いますか?」
「思えませんね」
「わたしたちは、最悪の事態を想定しています。西の氾濫の後ろから、ヴァークロートがやってきます」
オレストラが絶句する。だが、何かを考える様に表情を変えつつも、最後には納得したようだ。
「確かに最悪はそこですね。もし本当にそうなれば、大変な事態と言えるでしょう。第5騎士団の行動はどうしますか?」
理解してくれてからの話は速かった。
「フィヨルタには第7騎士団が向かいましたわ。明後日には到着するでしょう。第5騎士団はわたくしたちと共に、ドルヴァ砦を目指しますわ」
フォルテが宣言のように言った。
「了解いたしました。これより第5騎士団はフォルフィズフィーナ様の指揮下に入り、西へ転進いたします!」
◇◇◇
フォルテが第5騎士団に通達を出し、それを置いてきぼりにして更に2日。第8騎士団特別小隊は、遂にドルヴァ砦を視界に捉えた。砦は渓谷の端にあり、石造りの壁が谷を横切る形で造られている。今のところ、遠目では被害は見当たらない。
「抜かれた形跡はありませんわね」
「研究所も中にあるのよね」
「そう聞いていますわ。ですが、これは……」
4騎が砦に近づくにつれ、戦闘音が聞こえ始めた。
違和感を感じるのは、その中に甲殻獣の叫びが含まれていないということだ。それなのに、甲殻騎の駆動音や、甲殻を殴る時の様な音が聞こえる。
さらには、兵士たちの叫び声のようなものまでが。
フミネの心が震える。まさか、これは。
「戦闘音ですわ。それも、甲殻騎同士の」
「最悪の事態って、当たっちゃね。どうするの?」
「各騎、一時停止! 息を整えてくださいまし。2分後に進撃しますわ! 歩兵は誰か一人降りて、後続の第5騎士団へ伝達してくださいませ」
「了解!!」
たった4騎士。だけど行くしかない。行かなければいけない。すぐ先で大公国の仲間たちが戦っているのだから。
「全騎進撃!! 状況次第で独自判断を許可しますわ」
各騎が跳躍機動を開始し、一気に砦の壁を飛び越えた。
そこでは、濃灰色の騎体と赤褐色の騎体との、甲殻騎同士の戦場が繰り広げられていた。




