第70話 コンディション・グリーン!
その日、機密訓練場には例の会議に出席していた全員が参加していた。中央には片膝を付いて降騎姿勢をとっているオゥラくんが鎮座している。騎体各所にはチェック毎にピン止めの赤い布がぶら下がっていた。リムーブビフォアフライトというやつだ。当然フミネが導入した。
騎体各所からは、赤青黄色と色付けされた新型甲殻腱が伸び、地上に設置された観測所の計器類に接続されている。新型甲殻腱は騎体内部に配されているし、見た目も大した変わらないので、観衆の目には付いていない。だが、オゥラくん参式には、外見上に大きな特徴があった。
「なんだアレは」
「まさか、足首か? 爪先まであるぞ」
「踵が高い。大丈夫なのか」
フォルテとフミネ両者のリクエストにより、オゥラくんは足首を持つに至った。爪先は細く前に伸び、くるぶしはパーツレベルで分割されヒール状になっている。
そもそも甲殻騎は典礼騎という名のハリボテ以外、極一部の例外を除き手首足首を持たない。理由は単純にして明快、脆いからだ。足首はともかく、戦闘を行えばまず手首は壊れる。わざわざ繊細で華奢な手を造ったとして、仮にそれに槍など持たせたとして、一撃で壊れるのだ。意味が無い。
足首も似たようなもので、戦闘機動で踏ん張りを入れれば、まず足首が折れる。それでバランスを崩せばむしろ大問題になるわけで、現在に至っても手首足首を持つ戦闘用甲殻騎は存在しない。
「まさか、見栄? あり得ないな」
「あのお嬢様とフミネ様だぞ、見栄えなど考えても、実用性のないものなど装備するはずもない」
「それだけの強度を得た、と言う事か?」
「正直、分からん」
騒めきが訓練場に響いていた。これまでの常識を覆す光景なのだ。それも仕方あるまい。
「見ていたら分かるよ。アレはね、本物なんだよ」
150センチ足らずの身長にも関わらず、覇気を垂れ流すのは第1騎士団長クーントルトだ。
「トルネリア卿、しかし」
「いいから見ていなよ。驚くぞ」
有無を言わさぬ雰囲気に、周りの騎士団長達も気圧された。
◇◇◇
「お集まりの皆さま、お待たせいたして申し訳ありません。これより最終項目確認に入りますので、もう少々お待ちください」
フミネである。ノリノリである。だって、最終項目確認っていうフレーズだけで燃えてくる。
その間にも、赤いリボンのピンが外されていく。
「赤1番から23番まで問題なし! 赤色確認終了っ!」
パッカーニャが声を張り上げる。ついに、赤リボンは全て取り外された。起動前静的確認終了だ。
「ほらぁ、お二人さん。搭乗だ」
「了解!」
「了解ですわ!」
フミネとフォルネが飛び跳ねながら、オゥラくんに乗り込んで行く。
「ほら、とっととソゥドを入れな!」
再びのパッカーニャの声と同時に、二人がオゥラくんに火をくべた。
きゅいぃぃぃん。
軽快な音と共に、オゥラくんが起動した。
「黄1番から17番、32番から54番問題なし!」
「青12番から62番、問題なーし!」
ファイトンとスラーニュが報告を上げる。すなわち各種関節駆動系、同時に神経伝達系に問題なしだ。
「そうら、立ち上がりな、オゥラくん!」
すくっ、と言う擬音すら聞こえた。それほどスムーズにオゥラくんは立ち上がった。
オゥラくんがその場で規定動作を開始する。屈伸運動から、腕と腰の回転、肘と膝の可動域確認。前屈、後背。
「黄18番から31番、55番から61番問題なし。黄色観測終了!」
「青1番から11番、63番から78番正常、青色も観測終了!」
「全事前動作確認完了ぉ。……緑を宣言!!」
パッカーニャが声を張り上げる。
「復唱! 緑を受け取りました!」
フミネが応える。現状における全ての計測が完了した。意味するところは一つだ。オールグリーン!!
「オゥラくん参式、発進ですわ!!」
フォルテが高らかに言い放った。
◇◇◇
オゥラくんが駐騎場から一歩を踏み出す。ばちぃん、ばちぃんと地上と接続されていた甲殻腱が伸び切り、外れていく音が鳴った。別に引きちぎったわけではない。そういう固定をされていただけだ。だが、それだけでもフミネはぶるりと身を震わせた。
「格好良い。ロボットに乗ったらやってみたい事、ベスト5以内じゃないかな、これ」
「甲殻騎に乗るとフミネは相変わらずですわ。楽しそうですわ」
「うん、楽しいね!」
「なによりですわ」
二人の気持ちが昂り、オゥラくんは軽快に試験動作をこなしていく。基本は前回の養女会議での内容とほぼ同一だ。しかし、違っている。些細ではあるが、ここに居る面々にはそれが分かった。
「足首があるだけで、やはり違うな」
「うむ。むしろ細かい動きこそ自然になっている。踏ん張りも良い感じに効いている」
「だが負荷はどうなのだ? お嬢様とフミネ様のことだ、それくらいは織り込み済みだろうが」
当然足首の有る無しは、壊れなければ非常に有効と思われた。
それともう一つ、ここのところフミネが各騎士団に赴き、適当な騎士を捕まえては騎乗していたため、フォルテのみならず、フミネの凄さも喧伝されていたことだ。特に甲殻騎に負荷を与えないフミネの左適性は絶賛されていたのだ。
実はこれ、フミネの策謀だったりもする。力を見せても、証を見せても、それでもフォルテと相性が良いだけのことだと捉えられては困るのだ。よって、騎士団破りを敢行し、力を見せつけたという訳だ。今後の布石でもあるし、フォルテの傍にフミネ在りを印象付けるためにも必要だと考えたのだ。
「分かりにくいけど、即応性も凄いね」
クーントルトが注目しているのはそちらだった。思考制御型で動かす甲殻騎は甲殻表面と内部の骨、腱を伝って四肢を動かしている。つまり僅かではあるが、挙動にラグが出るのだ。上手い騎士はこのラグを考慮しながら操縦する。
新型甲殻腱と関節接続腱の伝導性は約5倍、伝達速度は実に1.3倍。それをふんだんに使ったオゥラくん参式は、まるで騎士が乗り移ったかのような動きを見せた。
◇◇◇
「これが現状のオゥラくんですわ。スラスター試験はこの後ですが、ここまででも十分な成果でしょう!」
一連の演武が終わり、ハッチを開けた操縦席からフォルテが言った。
観客席の全員が立ち並び、盛大な拍手を送る。技術班の面々は心底ホッとした様子だ。
「今回採用されたのは、新型甲殻腱と、それを応用した関節接続腱、さらには軟式関節包です。材料配分により伝達重視型、強度重視型、関節包については硬軟重層型など、まだまだ研究の余地はありますが」
ここでフミネがとある場所へ視線を送りつつ溜める。
「わたしはちょっとした案を出しただけに過ぎません。実際の研究と開発には昼夜を問わない努力がありました」
そうだ、フミネの視線の先にいたのは二人。
「ファイトン・コード・エディター士爵とスラーニュ・シャール・タルタード女男爵令嬢。彼らなくしてこの成果は成し得なかったでしょう。二人の今後に期待しつつ、拍手を」
盛大な拍手が送られた。
ファイトンは胃を抑えながら、スラーニュは満面の笑みでそれに頭を下げた。
「ふむ。二人の『昼夜を問わぬ』献身に、私からも感謝の言葉を述べよう」
大公の言葉がトドメを刺した。




