第67話 大公国特別緊急会議
「ああ、では特別緊急会議を開催したく思う」
国務卿、ディーテフォーンが会議の開催を宣言した。
場所は、ヴォルト=フィヨルタ内にある特別会議室だ。集まった人数の割には広い。本来ならば国内貴族全員が集まる様な特別な会議の時に使用される。扉の向こう側では第1騎士団による完全警備がなされていた。
集まったメンバーと言えば、大公フォルタファンヴァード。その妃、メリアスシーナ。双子のファインヴェルヴィルトとフォルンヴェルヴァーナ。
国務卿ディーテフォーン、軍務卿デリドリアス、外務卿ドーレンパート(初登場)。
第1騎士団長クーントルト=フサフキ、さらに第2から第7の騎士団長も揃っている。
大公国甲殻騎工廠長パッカーニャ(こちらも初登場)。それと後方でビビりまくっている、ファイトンくん。
そして最後に、我らがフォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラントとフミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント。
「面子を見るに、工廠絡みですかな?」
軍務卿が発言する。
「いや、あたしゃ聞いてないよ」
工廠長は年配の女性であった。だがガタイはデカい。女親方みたいな雰囲気を醸し出している。フィヨルトの女性はこんなんばっかだ。
「静まれ」
なんと、議事進行を任された国務卿が注意をする前に、大公が言葉を発した。重たく重たく。
それだけで良く分かってしまい、場が静まり返る。この会議で為されるのは相当の厄ネタだ。
「続けよ」
「はっ! 本日の議題はフォルフィズフィーナ様とフミネ・フサフキ様の考案された、新型の装備についてである。ただし、ここでの内容については現段階で大公国第1級秘匿事項となる。皆々方のご理解を期待したい」
めちゃくちゃ重たかった。
「フォルフィズフィーナ様、皆さんに資料を」
「フミネ、ファイン、フォルン、お願いしますわ」
大公からの呼び出しを受けたフォルテたちは、すでにどのような要件であるのか理解していた。もちろん原因は、自分たちが提出した報告書だ。故に事前に準備は終えていた。資料についても当たり前に用意しておいた。ここいらへんはフミネの得意とするところだ。
フミネとファイン、フォルンが参席者に手早く資料を配布していく。
タイトルは『風熱核石噴進式推進装置「スラスター」並びに派生技術による、新型甲殻騎の運動性向上について』。フミネによる題名であった。現役大学生を舐めるなと。
「さて資料の説明の前に見てもらいますわ。ファイン」
「うんっ!」
ファインはファイトンから手渡された装備を引っ担ぎ、腰のベルトを留める。そのまま会議室の端っこまで歩き、振り向いた。
「いきますっ!」
ちょっと丁寧に叫んだファインはスラスターを起動し、跳躍した。観衆が気付いた時にはすでに20メートルほど先の壁際に着地している。速い。
「もっといきます!」
ファインはスラスターの角度を変えて、こんどはゆっくりと浮上した。そのままゆっくり10メートルほど進んでから、さらに上昇し、天井間際で身体を反転させた。
「なんとっ!?」
誰の言葉だったろうか、だがそれはその場にいる人間の総意だったのだろう。なにせファインは、天井に脚を付けて立っていたのだから。彼はそのまま数秒待って、また宙に浮く。そして驚く観衆を前に、会議テーブルの上を縦横無尽に空中で向きを変えながら飛び回り、そして最後に元いた位置に着地した。
「ご覧いただけましたでしょうか」
フォルテの言葉に、一同がバっとそちらに顔を向けた。完全なドヤ顔でフォルテはご満悦だ。
「今、ファインのやったことは、体重が軽いからだけではありませんわ。わたくしはフミネを抱えて同じことが出来ますわ」
「わたしを抱えるのはいいから」
フミネのツッコミを受けるが、何故かそれすら嬉しそうなフォルテである。
「ドライヤーを知っている方もいるでしょう、それの発展ですわ」
メリアとクーントルトが顔色を変えた。彼女たちはドライヤーを愛用している。すなわちそれは。
「お母様とクーントルトは少々訓練したら、使える様になると思いますわ」
「お嬢、期待が重たいよ」
クーントルトが言うも、フォルテは素知らぬ顔だ。
「今のところはここまでですわ。ここからの説明はフミネにお願いしますわ」
「では皆さん、お手元の資料をご覧ください」
フミネは何でもないように、話を続けた。
このスラスターの動作原理、これまでの実験内容、そして、今目の前で見せた成果。そしてこれからの目的とそれを実現するための障壁についてだ。
「ファイトンくんの実績を鑑みれば、大型化はそれほど難しくありません。それ以上に彼の凄い所は、甲殻腱の改良です。これはもしかすると、スラスターよりもっと汎用的で、大きな結果を残す事でしょう」
褒め殺しであった。ファイトンは青い顔をしている。だが事実は事実なのだ。
「さて今後の展開ですが、大型化したスラスターを甲殻騎に装備します。ですが、先ほどのファインの様な運動を可能にするほどの推力が得られるかは不明です。もちろん、補助的な使い方は可能でしょう」
つらつらと続けるフミネに、いつしか一同は聞き入ってしまっていた。行く先に夢を見てしまったのだ。
「最大の障壁は、はたして甲殻騎に取り付けたスラスターを、操縦席から扱えるかどうかです。ちなみに最初の試みでフォルテは全く使えませんでした」
「フミネ!」
「ただ、生身で、自分の身体で操作を覚えた今なら分かりません。そういう段階です」
皆がゴクリと唾をのみ込む表情となる。
「まだまだネタはありますよ。例えば、現在の伝達系や関節部を新型甲殻腱に換装してみたりしたら、どうなるか」
単なる事務的説明が、まるで未来へのプロジェクトの様に聞こえる。フミネお得意のアジテーションが炸裂している。
「もしこれが実現したら、新型甲殻騎は『第5世代』って呼ばれるかもしれませんね。第1から第3世代までを作り上げたフォルフィナファーナ様。第4世代はフォートラントで開発されたそうですが、第5世代はフィヨルトによってもたらされるわけです」
そのフレーズはフィヨルトの皆に対して、絶大な効果を与えた。
「甲殻騎発祥の地にして、武の聖地、そして再び最強の甲殻騎を生み出す国。どうです、乗ります?」
場が、静まり返る。
「フミネ……。ファノトを辞めてファルナにならないか。なんか任せられそうな気がしてきたぞ」
大公が冗談とも本音ともつかない事を言う。
「お父様! 素晴らしい提案ですわ!」
「フォルテ……」
メリアの言葉が虚しく響いた。




