第62話 最強の敵を倒すための戦い方
オゥラくんは苦戦していた。『白金』の攻撃は鋭い上に、速くて重い。その上、風を自由に纏い、加速や防御と上手く使いこなしている、
事実、オゥラくんの騎体には無数の傷が付いていた。この程度で済んでいるのは、二人の技量が優れているに他ならない。
「音形、そいやああ!」
音形で『白金』を空に放り上げる。だけど追撃が追い付かない。空中でぐるりと体勢をを変え、纏った風を利用して、『白金』はオゥラくんに襲い掛かる。元々音形の攻撃力は皆無に等しい。
「立体機動ってかああああ!」
「良く分かりませんけど、危機ですわ!」
「全くだよ。どうするのこれ」
「倒して、甲殻騎にいたしますわ!」
「言ってくれるぅ!」
ふっと、フミネの心が軽くなった。自分に寄り添って、一緒に戦ってくれる存在がいる。
フォルテの鼓動は高鳴った。相方がいれば、どこまででも行ける。
「力でも速さでも、相手が上だね。じゃあどうするんだっけ」
「技と、頭と、心とで勝利するのですわ!」
「うん。だけど今回はちょっと間を挟もうか。フォルテはどうしたい?」
「そうですわね、まずは声で勝ちますわ!」
フォルテが笑顔で答える。フミネが大きく頷いた。
「大正解だよ」
◇◇◇
襲い掛かる『白金』の横殴りからの攻撃を、オゥラくんは大きく飛び退って着地した。間合いが広がり、両者に一瞬の空白が出来上がる。
「さあさあ、そこな狼さん。『白金』さんって言ったっけ。ようこそ死闘へ。わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント。悪役聖女を自称しているの。そして、目の前にあるこの騎体。甲殻騎オゥラくんって言ってね、あんたをぶっ倒すために、ここまで出張って来たんだよ。ロボットっていうのは、いつだって熱と根性が積み込まれていてね、そこに悪役が乗れば最強なんだ」
「わたくしは、フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラント。フィンラント大公家の次女ですわ。この甲殻騎を駆り、貴方を拝借するために参りましたわ。お覚悟はよろしいくて!?」
奇しくも二人は、200年前の聖女と令嬢と『白銀』の戦いにおいて発せられたセリフと似たような事を叫んだ。決して手抜きではない。コピペしてちょこちょこ書き直したわけでもない。
魂から発せられた言葉は、ソゥドを込めて敵に付き刺さる。まるで威圧されたかのように『白金』はグルグルと唸りながら、それでも力を溜める。
「お嬢たちは何をしてるんだ。戦闘の最中だぜ」
コボルが小型獣を蹴りながら呆れる。
「何言ってんの、格好良いじゃない」
アレッタが白狼を殴り飛ばしながら笑う。
「何やってんだ、あのお二人は」
フィートがため息を零す。
「いいねえ、良い啖呵だ」
クーントルトが絶賛する。
「ふむ、素晴らしい気合いだ」
「そうだな。だがこっちはそれどころじゃないぞ」
「あの言葉を受け止めろ。気合がはいるぞ」
「おまえ、鞍替えしてないか?」
サイトウェルとオレストラはよく分からない檄を飛ばしながら、戦闘を続ける。
「いいか、『白金』を絶対にオゥラくんに近づけるな。あれはそういう勝負だ」
「俺たちがお嬢様方の勝負の場を作れ! 気合入れろぉ」
「敵の流れを変えろ。他の騎体に誘導して押し付けろ」
騎士たちが、随伴歩兵たちが、狩人たちまでが、二人と『白金』の為に場を作ろうと奮闘する。
「いいな。見なよメリア、皆が娘たちの為に戦ってくれている。気合が入って躍動しているじゃないか」
大公が感心したように言う。
「ほんとう。凄い二人ね。これからライドは大変よ」
そして、メリアはここにいない息子の心配をする。目の前の二人を応援してあげて。
「この世は弱肉強食。それに従い、わたくしは貴方を打倒しますわ!」
「こっちの都合で悪いけど、おまえを倒す!」
そうなのだ、襲ってきたわけじゃない。こっちの都合で、フォルテとフミネの我儘で攻め込んできたのだ。これで負けたら、怪我とか死ぬとか以前に、ダサすぎる。格好悪すぎる。
◇◇◇
満を持して『白金』が襲い掛かってきた。これまでにない速度と力強さで真っすぐに。
それをオゥラくんは、真正面から受け止めようとする。前傾して、あまつさえ左脚を数センチ浮かべた体勢で。
「フミネ! わたくしたちは負けられませんわ!」
「さあ、受け止めるよ! そこからもうひとつ挟もうかな」
「何をですの?」
「悪役は小細工を弄する!」
先代聖女、フミカ・フサフキとは違う、別の芳蕗。かーちゃんに勝ちたくて、苦し紛れに模索した裏の芳蕗。真っすぐに向かってくる甲殻獣にフェイントは通じないかもしれない。だけど、小細工は、フミネが編み出したその苦し紛れを押し通す。まずは、相手を受け止める!
どおぉぉぉん!
とんでもない音を出して、オゥラくんと『白金』が衝突した。見ている誰もがオゥラくんが吹き飛ばされる光景を幻視する。だがしかし。
オゥラくんの甲殻が軋む。それに伴い騎体が軽くひねられたように見えた。次の瞬間、ほんの少しだけ浮いていた左脚が、地面に降ろされた。
ずぅん。
重たい音を立てて、オゥラくんの背後の地面に亀裂が走った。だがそれでも、オゥラくん自体に損傷はない。それどころか、足元の地面すら元のままであった。
「スカしましたわ!」
「ナイスフォルテ!」
フォルテはフォル・ザンコーを会得するまでに、多くの体重移動と、大地との付き合い方、対象物への力の通し方を考え、考え抜いて模索し続けた。
『力を最大限に通せるならば、力をスカすことも同時に可能である』
それが今回のオゥラくんの挙動であった。技名はまだない。フミネはこっそり『音流し』なんて考えていた。抜かりなし。ただし会得してから言え。
さあ、ここからだ。フミネの言う小細工が発動する。
「行きますわよ、フミネ! 技の名前は?」
「小細工に技の名前なんてあるわけない!」
オゥラくんが踏ん張り、相手は止まった。『白金』をその体で抱え込みつつ抑え込んだ。ちょっとほんの数瞬時間を稼げれば、それでいい。ハッチを開けてフミネと、そして後に続くフォルテが飛び出した。
二人同時に相手の目玉に蹴りを叩き込む。物語なら、もしくは圧倒的強者なら、それが相手のトドメをさす一撃になったかもしれない。だがそれは、単なる目くらまし程度に収まってしまった。
ついでに、腰にぶら下げておいた食事用の香辛料をぶちまけてやった。要はこの小細工、計画的だったわけだ。こんなことも以下略である。
『グルギャワアァァ』
数瞬の間だった。だが確かに隙が出来た。それが必要だった。
蹴りの反動を使って、二人はオゥラくんに戻っていた。すでにハッチを閉じる時間すら惜しい。
「おうらあああ」
最初は左。穂先が相手の目に突き刺さる。
「そうりゃあああ」
次に右。再び穂先が『白金』の目を抉った。
「そう言えば、大型の眼球は良い素材と聞きましたわ」
「フォルテはどう思う?」
「知ったことか、ですわ!!」
「じゃあ、ここからは分かるね?」
両腕を目に突き立てられて暴れようとする『白金』に対し、オゥラくんの動きは自然だった。
すなわち、優雅に、エレガントに一歩を踏み出し、だがその一歩にはソゥドと力と、そして技が乗っていた。別に背中を叩きつけるわけではない。歩法と体動がそれを成し遂げる。
バキバキと音を立てて、オゥラくんの肘から先が引きちぎられた。そういう風に動作したのだから当たり前だ。しかもそれこそが、現状最高の武器!
フォルテが想像し、フミネが実現する。
「肘を砕いて敵を打つ!」
「フォル・ザンコー、ですわ」
呟きに近いフォルテの言葉が、現象を為した。
目に突き刺さったままの腕を、オゥラくんの背中が圧す。『白金』の眼窩を突き破り、それは頭蓋骨内部へと押し込まれた。
オゥラくんはそのまま動きを止める。同じく『白金』も静止した。




