第56話 二人の凱旋
「それで? それでどうなったの?」
「もちろんわたくしたちの圧勝ですわ! どかーん、ばしゃーんと暴風吹き荒れ、殿下たちを打倒しましたわ!!」
「凄い、凄いよ、フォルテ」
「盛り過ぎじゃない?」
「客観的ですわ」
ケッテことクロードラント侯爵家、ケットリンテ・ジョネ・クロードラントは、その場に居合わせなかったことに憤慨していた。
復路の途中でクロードラント領に立ち寄ったフォルテとフミネは今、ケッテとお茶をしている。内容は王都での無骨で物騒な内容であったが。
2週間ぶりくらいになるケッテは随分と変わっていた。実際にはもっと前に、ケッテが二人に出会った段階で変わっていたのだったが、更にそれが顕著になっていた。
「ここのところで領地の村を全部回ったの。今は防災と、開拓の計画を練っているところ」
「素晴らしいですわ。全部が終わったなら、ケッテをフィヨルトに招きたいくらいですわ」
こういうことを素で言うのがフォルテである。
「いいの?」
「大歓迎ですわ。フィヨルトは手は多いですけど、どうにも指導者が少ないのが難点なのですわ」
フィヨルトの弱点を惜しげもなく披露してしまう。
「うんっ、ボクももっと頑張るよ」
それを真に受け、素直に返事をするケッテもケッテだ。
「また、会えるよね」
「そのような確約はできませんわ! ですが、運命がそれを望んだならば、わたくしと貴女が並び立つこともあるかもしれませんわ」
「あはっ、あははっ。そんな時がくれば、すっごく嬉しいよ」
屈託なく笑うケッテがいた。
◇◇◇
そうして、フォルテらがフィヨルタを立ってからひと月半程の後、彼女たちは帰って来た。
「んーぱーひゃらー!」
「ぱーらーり、ぱーひゃららー!」
「熱い~!」
「また、それかーい!!」
フミネの叫びがフィヨルタに響き渡る。そう、二人は得るべきモノを得て、帰って来たのだ。
「フミネは余興がてら右騎士3級、戦士1級ですわ!!」
「そして何といっても、あの王太子殿下を打ちのめして、わたしとフォルテは左右騎士の特級です! わたしたちは特級騎士です!!」
うおおおおおお!!
俺たちの私たちのお嬢が、不遇をかこつていたお嬢が、特級を持って帰って来た。それだけでフィヨルタはお祭り騒ぎとなった。
「宴会だ! 宴会だあ!」
「フィンラントの皆さんがどうあっても、今日は騒ぐぞ!」
「静まってくれ! いや、静まらなくとも良い。フィンラントがそれほどケチ臭いと思われては、心外にも程がある。経費は家で持つよ」
大公は素直に降参した。そういえばひと月くらい前にもターロンズ砦から、宴会経費の請求が来ていた。ちょっと遠い目になる。
「流石は大公様」
「フィンラント万歳! フィヨルト万歳!」
「母娘揃って特級とは、素晴らしいことですよ」
そう、大公妃メリアスシーナ=フサフキ・ファノト・フィンラントは、特級戦士にして特級右騎士なのだ。ちなみに大公は左騎士1級、戦士2級。フィヨルト最高の両翼として知られている。
これからはその最強が入れ替わる。左右共に特級を持つ二人組に。
「二人の甲殻騎も更新を考えねばな。さすがにまだシルト=フィンラントは渡せないよ」
『シルト=フィンラント』。フィンラントには伝説の甲殻騎が2騎士存在している。その内の一つが『シルト=フィンラント』だ。200年程前に起きた過去最大の甲殻獣氾濫の際、大型個体『白銀』が討伐された。その甲殻を基に造られ、当時最強の騎士であった、フォルフィナファーナ・フサフキ・ファルナ・フィンラント=フィヨルト女伯爵が駆った騎体である。
ちなみにもう一つは、フォルフィナファーナと聖女フミカ・フサフキが造り上げたとされる原初の甲殻騎『フィ・ヨルティア』だ。
「赤熊はあの子たちにあげてしまったし。フミネ、そのうち大型上級でも狩りに行きますわ!」
「いいねっ!」
「お前たちは……」
伝説の大型個体『白銀』は大型中級とされている。
◇◇◇
「お嬢様、フミネ・フサフキ様、ご無事なお戻りをお祝いいたします」
「サイトウェルさん」
そこにいたのは第2騎士団長、サイトウェル・グラト・サンタリオ子爵だった。フミネが見せしめに痛めつけた当人である。
「あの折は、大変失礼な物言い。申し訳ありませんでした」
サイトウェルは、ごく自然に頭を下げる。そこに険は無い。
「お怪我は治りましたか? あの時はごめんなさい」
そんな表情をされてしまえば、絆されてしまうのがフミネの単純さだ。
「ええ。それよりもお二人の特級獲得をお祝い申し上げたく、参上いたしました」
「サイトウェル。良い顔ですわ。変わりましたわね」
「ならば光栄です。心でも身体でも、一度折れればそこが太く頑丈にあることも、あるのかもしれません」
「ああ、いやその。折った本人が言うのもアレですけど」
「良いのです、フミネ・フサフキ様」
サイトウェルは爽やかにほほ笑んだ。誰だこいつ。
「ライドの事は聞いていまして?」
「ええ、先ほど」
「まさかと思いますが、それを知った上での鞍替えではありませんですわよね」
「勿論です。私はこれまで通り、ライド様を押し上げます。ですがそれと同時に、この先どうなろうともフィンラント家全体に忠誠を誓います。様々なやり方があれ、それがフィヨルトの未来を明るく照らすことになることを信じています」
「言や良しですわ!」
「うん。わたしもそう思う」
三人は笑いあった。国における派閥には色々な形があるだろう。複雑に絡み合い、時には国家に害を及ぼすこともあるかもしれない。だが、それぞれが国を想い、最善を目指すなら今より良い国になって行く、そういう希望がそこにあった。
「それに私は信じています。ライド様は立派になってお戻りになられます。あの方はそうヤワではありません」
「そうですわ、ライドならそうですわ!」
そうかなあ? と思ってしまうフミネであった。




