第49話 舞台に立つ者たち
5日後、フミネとフォルテはオゥラくんを駆って、ライドは馬車に乗せられて、王立騎士学院へと向かった。ちょっと早いのだが、フミネ曰く事前に到着しておくことも試しの内とか言い出したので、そうしただけである。ここにそんな風習はない。
街路を堂々と行進し、悠々と門をくぐる。案内をかってくれたのは、前回と同じ衛兵であった。向かう先は第1訓練場。またの名を試練の場とも呼ばれる。この訓練場はいくつかの観客席が置かれ、満場の目に晒されるのが特徴だ。まあ、楕円形でもなく長方形で、観客席が繋がっているわけでもないので、コロシアムとは呼べないだろう。だが、役割は似たようなものだ。
観衆の多くは学生だ。一角に学院関係者が座り、騎士団関係も何人か混じっている。多分間諜のたぐいも。
そんな衆人観衆の中、フミネとフォルテの挑戦が始まる。
メリアなどはすでに観客席に座っているようだ。知り合いの貴婦人たちと、何事かやりとりをしている。
問題なのは、何故か舞台の一角に集められた面々だ。誰がそう差し向けたのかは想像できる。だが、それをすることの意味が不明だ。どうせ大した理由ではないのだろう。
ちなみに舞台の上にいる面々は全員が、騎士服を着ている。デザインは似たようなもので、女性が半分だが、短いスカートや露出の多い服装の者は一人もいない。厚手の甲殻獣の皮革をふんだんに使った高級品だ。胸、腕、脚に薄い甲殻が装着されている。色は、フィヨルト関係者は濃灰色、ヴラトリアはカーキ色、フォートラントは明灰色、中でも王太子は純白に近い色を纏っていた。アクセントとして、各色の装飾が軽く施されているが、華美な者はいない。
一応常在戦場の意志が込められているが、フィヨルト側からしてみれば鼻を鳴らす程度のものだ。
そんな集められたメンバーを紹介しよう。
宰相令息にしてオストリアス侯爵家、ガートライン・ゲイン・オストリアス。
騎士団長令息にしてバルトロード伯爵家、クエスリング・シェルト・バルトロード。
その婚約者にしてフェルトリーン伯爵令嬢、アーテンヴァーニュ・サーニ・フェルトリーン。
フィヨルト大公国令息、ファーレスヴァンドライド・ファイダ・フィンラント。
ライドの婚約者、ヴラトリア公国公爵令嬢、シャラクトーン・フェン・ヴラトリネ。
そして、フォートラント王国王太子、ウォルトワズウィード・ワルス・フォートラン。
その横に立つのは、名誉士爵、アリシア・ランドールである。
残念ながら、クロードラント侯爵令嬢、ケットリンテ・ジョネ・クロードラントは領地にいるため、ここには登場していない。
まあなんにしても、フィヨルト大公国令嬢、フォルフィズフィーナの婚約破棄に関わった連中が顔を揃えているというわけだ。初登場は、騎士団長令息とその婚約者である。ああ、長い名前は覚えなくていい。肩書と略称使うから。
◇◇◇
「これはまた、豪勢な面子を集めましたわね」
フォルテがため息交じりに嫌味を飛ばす。
「なに、君が左翼を得たと聞いてね。それで皆を交えて拝見させてもらおうということだ」
「では、殿下の期待に応えられる様、全力であたりたいと思いますわ。まずご紹介いたしましょう。こちらが、わたくしの左の翼ですわ」
「初めまして。王太子殿下、並びに皆様方。わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントと申します」
元気よく、はきはきと自己紹介をするフミネ。しかしそれは、瞠目でもって反応された。
「報告では聞いていたが、黒髪黒目、そしてフミネ……フサフキだと」
王太子が唸り、横にいる宰相令息に確認をとる。
「ええ、僕も聞いていた通りです。ですが聖女と決まったわけでは」
「しかし聖女となれば我が国で、いや、フィンラントを名乗ったか。忌々しいことを」
「わたしは聖女じゃありませんよ。今後も多分タダの聖女になる予定もありません」
フミネがぶった切った。不敬極まりない行動であったが、それでもだ。
「殿下。わたしは名乗りましたが、まだ殿下のお名を伺っておりません」
「……確かにそうだな。私はウォルトワズウィード・ワルス・フォートランだ。詳しくはそちらの大公令嬢が知っているだろう」
「ご尊顔を拝し恐悦至極にございます」
にこりとフミネが微笑む。
「うむ。では他の者たちも紹介しよう」
てな感じで、面々を紹介されていくわけだが、事前に情報を貰っていたフミネはすでに全員ご存じだ。強いて言えば、シャラクトーンの機嫌が妙に良さそうところと、ライドが胃のあたりを抑えているくらいか。後者は大丈夫なのか。
◇◇◇
「挨拶も終わったことですし、そろそろよろしいでしょうかな」
「学長!?」
珍しくフォルテが驚く。出てきた人物は、王立騎士学院の学長であった。たしか名誉伯爵である。年金がたっぷりという意味だ。
「今回の件は色々と注目されていましてな、私が出張ることになったのですよ」
「それは申し訳ありませんわ」
「良いのです。大公令嬢様、あなたが翼を得て帰ってくるなど、予想外の吉事ですよ。今日は見届けさせてもらえるのかな」
「がっかりはさせませんわ」
フォルテが胸を張る。その姿は傲岸不遜にして、力が満ち溢れているようだ。学長が嬉しそうに目を細める。
「それでは、どの試技がら始めようか。左右の騎士特級は最後にするとして……」
「はい。わたしの右騎士からでいいですか」
フミネが元気に意見した。
「ほうほう、構わないが理由はなんだね」
「わたし、右騎士にはあまり興味がないので、さらっと終わらせたいんです」
びきびきっ!
一部の適性が低い、特に右騎士の者たちが青筋を立てた。具体的には宰相令息が当たる。観客席にも似たような感じになっている者たちがいた。
「そ、そうかね。ではどうしようかな。左候補はいるのかね?」
「わたしがやります。是非お願いいたします」
そう言って進み出たのはシャーラであった。
「丁度良い機会です。わたし、フミネ様と一度組んでみたいと、先日から思っていたのです。フミネ様? よろしいですか?」
「うん、構わない。お願いしますね、シャーラさん」
どこまでもフミネは屈託がない。だが、周りは違う。初見の左右合せなど、試技の場でやることではない。ヤラせかと思う者すら少なくなかった。だが、事実である。フミネとシャーラが同じ甲殻騎に乗るなど、これが初めてなのだ。観客の意志など、彼女の前では意味をなさない。
「やっぱりフミネ様は素晴らしい方です。では、お願いいたします」
「それで、甲殻騎はあそこにあるのでいいんですか?」
「そうだね。あれを使ってもらおうかな」
「分かりました!」
どこまでも朗らかなフミネであるが、決して素ではない。あえてアホの娘を演じている。
なぜなら、この場は今回の王都行、最高の見せ場だから。旅の意味を最大限に発露できる場だから。
今からフミネとフォルテは、彼女たちにしか出来ない最大の示威行動を開始するのだ。




