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機動悪役令嬢フォルフィズフィーナ  作者: えがおをみせて


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第41話 侯爵令嬢ケットリンテ・ジョネ・クロードラントの場合




 幼い頃から彼女はポヤポヤしていると言われてきた。だが実際は違う。頭の中は常に回転を続け、だけどそれが表情に、表に出てこないだけだ。実際、彼女の家庭教師として雇われた者たちは、お世辞でなく彼女を絶賛した。


「おとうさま、ボク、あたらしいご本がほしいの」


「おお、おお。なんだい、言ってごらん」


 クロードラント侯爵領はフォートラント王国の最西端に位置するが、辺境とは言えない。山脈を越えた向こうにフィヨルト辺境大公国領があるからだ。中央の口さがない者は田舎呼ばわりをするが、それでも農業が盛んで、さらにはフォートラントとフィヨルトの交易中継点として、栄えている。


 ケットリンテ・ジョネ・クロードラントはそんな侯爵領ですくすくと育っていった。


 ケットリンテが10歳になった頃、ひとつの縁談話が舞い込んだ。王国宰相の第一子息がお相手である。昨年、王太子とフィヨルトの大公令嬢、フォルフィズフィーナの婚約が為されており、辺境の声が大きくなるのを懸念した宰相が持ち込んだわけであるが、侯爵はバランスも考え、それを理解した上で受諾した。



「はじめまして、僕はガートライン・ゲイン・オストリアス」


「はじめまして、ボクはケットリンテ・ジョネ・クロードラントです」


 10歳になったケットリンテは王都に赴き、宰相令息と面会した。宰相令息は神童として王都でも有名であり、同じく西部の才媛と呼ばれるケットリンテと気が合った。とても10歳同士とは思えないアカデミックな会話が繰り広げられ、両者は知識的満足を堪能していた。


 それ以来、二人は文通をし、王都に行けば直接会話を楽しんだ。周りから見ても、本人同士もこれは良い縁談だったと、祝福することができた。



 5年の時が経ち、15歳になった二人は王立騎士学院へ入学する。


 歯車が狂い始めたのはその頃だったのかもしれない。まだ40代前半の国王が病に臥せり、宰相が国政を取り仕切るようになった。基本的に中立的だった国王に対し、宰相は連邦の中央たるフォートラントに権限を集約すべく動いた。


「僕は父上の政策に賛成する、キミはどうなんだい?」


「それは貴方が中央の人間だからでしょ。ボクは、まだなんとも言えない。もう少し見守りたいかな」


「ふむ」


 ケットリンテと宰相令息はそんな会話をしたこともある。



 亀裂がはっきりし始めたのは、学院に入ってからだった。競わせるという理念の元、年2回、3年間で合計6回、それぞれ試験が行われ、その結果が発表されるのだ。


 そして1年目の1回目、最初の座学試験結果は、1位ケットリンテ、2位フォルフィズフィーナ、3位宰相令息、4位は王太子となった。この結果自体が王太子とて配慮しないという学院の精神であったが、宰相令息ガートラインにとってはどうでも良かった。問題はケットリンテに負けたという事実と、よりにもよって辺境の蛮族、フォルフィズフィーナにすら負けたということだ。


 この辺りで、ガートラインの中央優勢主義が露骨になっていく。ちなみに王太子はこの後、座学に関してはずっと4位に甘んじることになる。さらに言えば、ヒロインたるアリシアは座学に関しては真ん中から上くらいだ。平民だから仕方ない。


「だから、僕のいう事が間違っているっていうのかい?」


「そうは言ってないよ。けど、中央寄りすぎじゃないかな。ボクにはそう聞こえる」


「ふんっ!」



 その後も、試験は続き、三人が1位から3位を独占する状態が続いた。フォルテは大体2位か3位で、ケットリンテかガートラインが1位を取るという、傍から見れば良いライバル関係でもあったが、実態は違う。


「思うんだが、キミと僕は婚約者というより、役職の同僚と言った方がしっくりくるな」


「そう……」


「意見は違えど、僕はキミの能力を認めている。だけど、夫人として家庭を守るという意味ではどうなんだろうとも思う」


「家庭を、守る?」


 現宰相夫人は内の人だった。そんな母親の元で育ち、ガートラインは無意識にそれが当たり前だと思うようになっていた。辺境と違い、中央の気風がそうだったこともある。



 そして、卒業式。フォルテの婚約破棄騒動にて、ガートラインは王太子側に立った。


「僕も、王太子殿下に勇気を貰ったよ」


「勇気? 何の?」


「……」


 ガートラインはそれ以上を言わなかったが、ケットリンテには伝わってきた。同じことをするつもりなのか? と。



 ◇◇◇



「それでケッテはどうするつもりだ?」


「……分からない」


「そうか……」


 卒業式を終え、クロードラント侯爵領に戻った後での父娘の会話である。


 正直なところ侯爵も迷っていた。ケットリンテが婚約をした当時は国王も健在で、宰相の動きも小さいものであり、婚約のおこぼれなど目こぼしされる程度のものであった。だが国王は隠れ、宰相が専横とも言える行動をとるに至り、侯爵領は周囲から目を付けられ始めた。ましてや、フィヨルトにどう思われるか。


 侯爵はなにも積極的に宰相に近づいたわけではない。ないのだが、利益を得ていたのも事実なのだ。


「父さん」


「ん?」


「どうするの?」


「困った」


「そっか」


 寡黙な二人であった。



 そういう感じで、婚約破棄には至ってはいないものの、有耶無耶のままケットリンテは侯爵領を視察することにした。


 中央と違い、フォータル山脈側と南西側は開拓が進んでいない。当然甲殻獣への対応も必要なのが、侯爵領の現状である。


 ケットリンテは最終年度にとある論文を提出していた。『甲殻騎と歩兵、その他兵種協働による効率的な甲殻獣対応』というタイトルだ。残念ながら査読で落とされてしまい、表には出ていない。フィンラントの某大公あたりが聞きつけていれば、軍事顧問として雇われかれない内容だったのだが。


 まあ、卒業とは関係なく、何となく出した論文だったので、ケットリンテも大して気にはしていない。だが同時に、中央に染まる『甲殻騎万能主義』に呆れてはいた。


 今回の視察で各村を巡り、現地での意見を聞いてみたいと思ったのだ。領地を救う力になれればと。



 ◇◇◇



 それは、圧倒的だった。木々をなぎ倒しながら現れた甲殻熊。あっという間に護衛に付けられた甲殻騎の膝が割られていた。最後の意地で、襲ってきた甲殻熊の左目に穂を突き立てた騎士は褒められてもいいだろう。


 それでも窮地には変わらなかった。護衛は12名。騎士を併せても14名。後は戦闘力を持たない侍女2名と、戦士5級、左騎士4級のケットリンテだけだ。


 甲殻熊の突撃に立ち向かう兵士たちだったが、奇襲がたたり陣形が上手く取れていない。中型甲殻獣に単騎で立ち向かえる猛者は、ここにはいなかった。1人、2人が弾き飛ばされ、地面に蹲る。馬車すらもなぎ倒され、ケットリンテ達はなんとか窓から這い出ることになった。


 必死で戦う戦士たちをケットリンテは見つめる。死の恐怖は、ある。怯えもある。同時に、自分の理想とするドクトリンや、戦術が実現すればどうなるのだろうかという、どこか達観した思いもあった。



 そして、数分後、彼女は学友に再会することになる。



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