第40話 馬車が襲われていたから助けよう、これってまさか
「いや今時、あんな大盤振る舞いなんて聞いたこともありません」
翌朝、フォートラントの中隊長の言である。
「わたくしの参加する宴は、ああでなくてはいけないのですわ」
「なんとなくですが、分かってきたような気がします。大公令嬢様は楽しい方ですね」
「当たり前ですわ」
「褒めてるのかなあ」
フミネがため息をつく。
「立場や意見が違えど、宴を共に騒げば少しは変わるものですわ。後は成り行きを見守るだけですわ」
「おお、良いこと言った」
「当然ですわ」
仲が良いなと思いつつ、中隊長は話を進める。大人の事情込みなのだ。
「私なんてのは、中央で厄介扱いでして、ここにいる連中はそんなのばかりですよ。だから大公令嬢様への反感も少ないのです。むしろフィヨルトの皆さんに睨まれて針の筵でしたよ」
「それは失礼を、ですがフィヨルトにとって、ここは重要拠点ですわ」
「温度差なんでしょうね。まったく中央は」
「それ以上、言ってはいけませんわ」
中隊長のグチをフォルテが嗜める。どこに誰がいて耳を立てているか分からないのだ。
「申し訳ありません。それで本題ですが」
「伺いますわ」
「こちらからも1騎、案内として付けてもらえませんでしょうか」
「なるほど」
静観していたメリアが言った。そう、大人の事情なのだ。フォルテとフミネがどこまで悟るか、それを観察したい。
「これより先は、本心から公爵令嬢様に反感を抱いている者もいるでしょう、案内と露払いを兼ねて1騎を連れるだけで改善されるかと思う次第です」
「フォルテ、どうする?」
フミネの台詞には、いくつかの意味が込められていた。
「喜んで受け入れさせていただきますわ」
しかしながらフォルテは即答した。
「妙な理由でわたくしが侮辱され、国際問題を起こしたくはない」
そしてつらつらと続ける。
「道中でわたくしたちにおかしな行動をとって欲しくない。オゥラくん、あの甲殻騎の性能を知っておきたい」
近くで膝をついているオゥラくんを指さす。
「翼を得たわたくしとフミネの力を見たい。特に聖女が本物なのかを知りたい」
「まだ卵ですけどね」
フミネが茶化す。
「そんなことはありませんわ。立派に羽化して飛び立つ時に備えていますわ」
「嬉しいこと言ってくれるぅ」
「後は中央派への牽制でしょうか。まあ、それ以外にも色々思惑はありそうですわ。ですけれど、誰でも気付くこの程度で試されても面白くはありませんわ。フミネだって気が付いていますわ」
「ま、まあね」
一部、気づいていなかった箇所があったが故に、微妙に歯切れの悪いフミネである。しかし異世界歴が短いのだから、それも仕方はない。
「参りました。それでも受け入れていただけるのですか?」
「当たり前ですわ。わたくしは悪役令嬢として、格好良く全てを受け入れるのですわ!」
中隊長はぽかんとして、それから大声で笑いだした。周りもつられて笑ってしまう。
「いやその度量。見事と言わざるを得ません。こちらから出す1騎は厳選された4名としましょう。道中の交流を期待しております」
◇◇◇
ずうぅぅん、ずうぅぅん。
甲殻騎の歩む音が響いている。付け加えれば、その中にテンポの違う音が混じっていた。
「いきますわ!」
「おっけー!」
「ひやぁぁぁ」
登りと同じくつづら折りの下り道をショートカットするオゥラくんである。悲しい叫び声を上げている女性は、例によって左肩に乗った随伴歩兵だ。
他の甲殻騎は真似をしていない。とてもではないが、膝と腰の負担が大きすぎるのだ。フォートラントから派遣された一騎などは、この光景を信じられないモノを見る目だ。
フォルテの動作イメージと、フミネの制御が、特に後者が上手すぎる。ソゥドの総量はそれほど伸びてはいないが、とにかく器用なのだ。その器用さが、甲殻騎に乗り、両手の指貫グローブが蒼く輝くことで、さらに冴える。それは右肩に乗るメリアを以てして、驚嘆するレベルに到達しつつあった。
そうして中腹でさらに一泊し、一行は2日目にしてフォータル山脈を抜け、正真正銘のフォートラント王国領地へと到達した。
「まずはクロードラント侯爵へのご挨拶ですわね」
フォルテの言うところの侯爵は、フォートラント王国の最西部を領地とする。辺境と中央という軸で見た場合、一応中立派ではあるが、とある理由で中央派に近しい人物でもある。
基本的にフォータル山脈東部、すなわちフォートラント側は平野部が広がっているが、ここは山脈を降りてすぐでもあり、森が広がりその中を街道が続いている。まあ森と言ってもフィヨルトの人間からしてみれば、林も同然の閑散としたものではあるのだが。
そうして3時間ほど、そろそろ野営の準備かと考える時間帯になった時、メリアが叫んだ。
「前方、戦闘騒音です! 距離は……500から600!!」
この一団の中で、もっとも強く、感覚に優れているのはメリアである。伊達にフサフキを名乗ってはいない。続いてフォルテ。フミネは中の上くらいだ。技と度胸は最上位ではあるが。
「お母様!」
「判断はあなたに委ねます」
「全騎各員降騎! 背嚢強制排除ですわ!!」
その言葉に従い、流れる様に両肩の随伴歩兵が飛び降りながら、且つ背嚢の結束金具を外していく。ずしんと音を立てて背嚢が着地した瞬間、フォルテが叫ぶ。
「全騎全速前進!」
「了解!!」
フィヨルト所属の3騎が、弾けたように加速する。その中でも飛びぬけて、オゥラくんが速い。そして3手ほど遅れてフォートラントの1騎もその後を追う。
「なんてこった。フィヨルトってのはあんなに速いのか! おい、ここはフォートラントだぞ! 絶対に遅れるな!!」
選抜された最強の一騎と言われながらこのザマだ。右翼たる彼は左翼騎士に檄を飛ばす。
◇◇◇
30秒もせず街道を駆け抜けたオゥラくん、それに搭乗するフォルテとフミネが見たものは、擱座する1騎の甲殻騎と、倒れ伏す何名かの兵士たち、横倒しになっている豪奢な馬車、そして赤黒い色をした甲殻熊だった。
「不甲斐ないですわ! 中型中級の甲殻熊に倒される騎士など、どういうわけですの!!」
「わかんないけど、やるんだよね。このまま」
「当たり前ですわ!」
やり取りを交わしながら、それでも速度を落とさず、いやさらに加速しながらオゥラくんが突っ込む。
「一撃で決めて!」
「やりますわ! そして右側に死角! ごめんなさい、役割を果たそうとしたのでしょうね、前言撤回ですわ!」
フォルテの台詞の内に、すでに甲殻熊はオゥラくんとの戦闘範囲に突入してた。その左目は擱座した甲殻騎のものだろう、穂先が突き刺さり、視界を奪っていた。
「弱点を堂々と突いてこそ悪役令嬢! フォルテ!」
突っ込んでくる甲殻熊に対し、オゥラくんは右前に大きな一歩を踏み出す。その一歩だけで、甲殻熊は敵を見失った。
ずどぉん!
甲殻熊の首筋に、オゥラくんの右肘が押し込まれていた。吹き飛ばされることもなく、力を存分に叩き込まれた甲殻熊はそのままの場所で崩れ落ち、目の光を失っていた。
そのまま残心しながらも、フォルテは馬車へと視線を送る。
「クロードラント侯爵の紋章……、ですわ」
それは、クロードラント侯爵家の馬車だった。




