第34話 岩を穿ち、砕き、ブチ壊す
ずしぃん、ずしぃん。
オゥラくんがただ歩いている。ただ歩いているだけなのだが、衆目の反応はとんでもないことになっていた。
あまりに自然だ。あまりに優雅だ。あまりに真っすぐで、ぴんと背を張りまるで、そう、貴族令嬢のようだ。そこで気づく。
「なあ、音が小さく、ないか?」
「んん? あ、確かに」
本来、甲殻騎の歩みは重々しい。それが力強さを感じさせる要因でもある。けれど、今のオゥラくんはそれだけではない。軽やかな優雅さを同時に醸し出していた。これではまるで。
貴族令嬢のようではないか。
そして、同時に傲岸不遜でもあった。胸を張り、行く先に立ち向かう者がいたとしても、直進しそうな、そんな雰囲気。それが騎体から溢れ出るソゥドの力によるものであるのは、分からないでもない。だがそれだけではない。搭乗者二人の心がダイレクトに伝わってくるのだ。
その歩みは、まさに『悪役令嬢』の名にこれ以上相応しいものはないと、そう見せつける光景だった。
「悪役令嬢……」
誰かが呟いた。
「いいじゃないか。姫様と聖女様が望んだんだぞ、それで十分じゃないか」
「あ、ああ、そうかもな」
◇◇◇
訓練場の端まで華麗に歩いてみせたオゥラくんがターンする。まるで、令嬢が背後から声を掛けられたかのように、ゆっくりと、自然と、可憐に。
そこから、ゆっくりと演武が始まった。
ゆっくりと、ゆっくりと、まずは右脚が大きく踏み込まれ、そして右肩を捻じりながら右肘が繰り出される。見事なまでにフサフキの基本だ。そのまま騎体を沈みこませ、そこから肩を捻る上げる。これもまた基本と言える。
だけど、何かが違う、微妙に違う。
一体、訓練場に居るどれだけの者が気が付いただろうか。その余りに繊細な違いに。
最後に、オゥラくんが左脚を軽く踏み込み、そのまま腰を捻じり左肩が突き出される。
「テツ・ザンコー」
誰かが言うが、実は違う。これは「フォル・ザンコー」だったりするのだ。一部のほんの一部の者が気づく。アレはまずいと。
そしてそのまま、オゥラくんは直立体勢をとった。たった数秒であったが、さて観客の反応はと言えば。
パチパチパチパチ。
最初に拍手を送ったのは、なんと、フォートラント駐屯軍中隊長であった。
「見事! 見事という他ありません」
実際、彼は感動していた。武の聖地、甲殻騎発祥の地に、政治的思惑があったとしても送り込まれたことに感謝していた。なぜなら彼もまた、武を貴ぶものだったからだ。そして、それを今見せつけられた。
追いつくかのように、方々からも拍手が送られる。色々な意味を込められてはいたが、それでもフィンラントの姫が、不適者がここまでの操作を見せたのだ。それを咎める狭量など、フィヨルト大公国の者たちは持ち合わせていなかった。
「ところで」
これまたフォートラントの中隊長である。
「あちらに設置されている、岩々。当然意味があるのでしょうか!」
完全に断定口調であった。そう、不自然と言えば不自然な岩が三つ、訓練場の端に置かれていた。高さは6メートルほど。つまり甲殻騎と同程度ということだ。
「示威行為であることは理解しています。余計に見てみたいのです。閣下、お願い出来ますでしょうか!?」
「フォルテ、フミネ殿?」
大公が苦笑を浮かべながら、甲殻騎へと問いかける。
「やりますわ!」
「刮目してください!」
元気いっぱいの声が返ってくる。喉にソゥドを込めたその声は、訓練場の端から端まで響き渡った。
◇◇◇
軽い足音をたてながら岩の目の前に立つオゥラくん。
「皆さん良く見ていてくださいね。これはフサフキはフサフキでも、フォルフィズフィーナのフサフキですよ!!」
フミネがとんでもないことを言いだす。フサフキの技は連邦に広まってはいるが、基本は一つのはずだ。いや、基本の一つが最強であるとされている。それを崩すとでもいうのか?
「わたしがこっちに来てからもうちょっとでひと月ですけど、皆さん、ちょっと固いですよ。フサフキっていうのは、そもそも適当にでっち上げた武術なんですから、なにを大事にしているんですか」
とんでもないことをぶっちゃけた。
「磨いてくださいよ。削って尖らせてくださいよ。叩いて伸ばしてくださいよ。200年、なにやってきてたんですか?」
追い打ちがかけられる。
「暴虐の聖女の妹たる悪役聖女が断言しますよ。なにやってんだ! わたしごときに指導されてんじゃない! 越えてみせろ!! がっかりだよ。せっかく甲殻騎なんて凄いものをフォルフィナファーナさんが造って進化させたんでしょ。だったら、皆もそうなりなよ!」
フミネの叫びが轟く。
「ふぅ、フォルテはやってのけたよ。それを見せてあげる。だから皆もそれぞれ、磨いてね。フォルテ! やっちゃって!」
「了解ですわ!」
ゆらりとオゥラくんが踏み込む、力強くもない、速度もない。だけど、その右肘は大岩に半ばまで食い込んだ。
肘を抜き取り、ふわりと騎体を舞うようにして次の岩に刺さったのは、オゥラくんの左膝だった。先ほどの肘と同じように膝の甲殻が岩に突き刺さる。そして、そこで騎体が捻じられる。その次の瞬間、二つ目の岩は真っ二つに分裂した。
両側に倒れる岩の間を、当たり前のように歩みながら、オゥラくんが通り抜ける。
それこそ岩の3メートル手前、それは甲殻騎にとっては超至近距離と言えるだろう。その3メートルの間でくるりと振り向けられた背中が岩に叩きつけられた。否、押し付けられた。
ずずん。
その現象を理解できた者がどれだけいただろう。岩が大地に沈みこみかけ、そして砕けていたのだ。
「これがわたくしの新技。フォル・ザンコーですわ!!」
フォルテの勝鬨とも思える声が、びりびりと場に居た者たちに叩きつけられた。




