第31話 悪役聖女!!
フォルテに悪役令嬢を説いた以上、フミネは『悪役聖女』となる。
かーちゃんが『暴虐の聖女』と呼ばれたならば、フミネは『悪役聖女』となろう。
それが、フミネの信義であり、姉に対する対抗心だった。後者は意外とちっさい理由だ。
「わたしは名乗りを終えました。これから無残に敗北するであろう、貴方の名を、一応教えていただけますか」
煽りまくりである。壇上への段を登りながら青筋を立てた40代くらいの子爵が、それでも名乗りをあげる。
「私はサイトウェル・グラト・サンタリオだ」
「あら、随分と力んでいるようですけど、フサフキではないのですね」
「貴殿を倒して、貰い受けよう!」
「見た感じ、あちらのお嬢さん、たしかアレッタさんでしたね。貴女の方がフサフキが相応しいような気がしますけど」
「やめてくださいよおぉぉ!」
思わぬ飛び火に叫ぶアレッタだが、実際、彼女の強さは本物だったりする。今は老舗宿屋の看板娘であるだけなのだが。
こんなやりとりをしているわけだが、フミネの頭の中はソゥドの力を載せた上で、フル回転中である。煽りに乗るタイプか、力を漲らせるか。得物は120センチくらいの短槍か。骨だから穂先は無いけど。ならば槍術と棒術の混合。『守り石』は右手人差し指の指輪。この世界ではスタンダードと言えるだろう。
そしてついに、サイトウェル子爵が登壇した。
◇◇◇
「では初手はお譲りしましょう。子爵ご自慢の神速の突きを、わたしが『捌いて』見せましょう」
内心では心臓をバクバクさせながら、必死にフミネが誘導する。乗ってこい。頼むから乗って。
「うるあぁぁぁ」
子爵が全身の力を込めて骨を突き出した。それがフミネの額に迫る。殺さないとか後遺症とかいう単語はどこかに行ってしまったようだ。
最高だ。
フミネは歯を食いしばり、軽く半歩下がって腕組みをする。額にもてる限りのソゥドを防御力としてまわし、そして、『捌かず受けた』。
どおおぉぉん!
ヤバい音が響く。
「ううん。少々後ろへズらされましたね。本来なら不動で受け止める予定でしたのに」
そこには直立不動で、額から血を流しながらも、両腕を組み仁王立ちをしているフミネがいた。
そしてふと滑るように前に倒れ込み、唖然とする子爵の親指を掴み取った。
ぱきん。
「は? ぐ、あぁぁ!」
「まずは一本」
フミネはこの世界のフサフキに思いを馳せる。かーちゃんがこの世界でまともに対人戦をやったのは最初の一回だけ。その後はちょっとした訓練での対人戦と、フェイントもなんもありはしない、甲殻獣に効果的な技の伝授だ。ここらへんはフォルテが保証した。まさに『暴虐の聖女』の王道、捌いて決める、だ。素手で甲殻熊3匹を倒した逸話は伊達ではない。
つまりはだ、この世界の人々は、変則的な戦いに極端に弱い。すなわち、フミネの戦いそのものが、天敵となる。
右親指が逆を向けば、握力を維持することは出来ない。ゆえに子爵は人差し指の指輪つまり『守り石』を抜き取り、左人差し指に差し込もうとして。
ぱぁん!
指輪そのものをフミネに蹴り飛ばされた。
模擬戦中に『守り石』を失うなど、屈辱以外の何物でもない。あわてて子爵が背を向けた瞬間に、背後からフミネが淡々と子爵の左親指を掴んでいた。
ぱきん。
「二本目」
「ぐぎゃあああ」
両手の親指を反対側に向けた子爵が絶叫する。次の瞬間、フミネの踵が子爵の右脚親指を踏みつける。
「三本目」
にちゃぁ、といやらしい笑みを浮かべながら、フミネが続ける。
「さて」
子爵が慌てて左脚を引き、激痛から逃れようとするが、フミネの中指を立てた拳は彼の右肩、鎖骨を打撃した。
「四本」
◇◇◇
そして、5分程が経過した。
「九本」
「まいったああああ! 私の負けだああ。認める、強さを認めるから、もう止めてくれええ!!」
余りに情けない子爵の叫びだったが、周りからは情けなさというより同情の視線が送られている。大公に至っては、ため息をつき、フォルテは満面の笑みであった。
「フォルテたちにはもう一つ、伝えておかなければならないことがあるんだよ」
「なんですの?」
「逆転よ。心で勝てなければ、技で勝つ。技で勝てなければ、力と速さで勝つ。彼はそれが出来なかっただけ。どっちが上も下もないの」
「心に、刻みましたわ」
胸に手を当て、神妙にフォルテが頷いた
さて第一幕はフミネが主役で、ここらでフィニッシュだ。
「告げておきましょう、先代『暴虐の聖女』フミカ・フサフキはわたしの姉です」
驚愕の事実が伝えられた。さらにフミネの啖呵は続く。
「ならばわたしは『悪役聖女』。『悪役聖女』フミネ・フサフキが、ファノト・フィンラントを頂きます!」
言い切った。




