第27話 誇りなんぞは埃と一緒
「という訳で、模擬戦闘をしたいのだが、いいかな」
「そう来ましたか」
奥の訓練場にいたフミネの所に、珍しく大公が現れたと思えば、模擬戦闘の申し込みだった。
「こう言ってはなんですが、本当によろしいのですか?」
お妃、メリアが大公に問いかける。非常に不安そうな表情だ。
「お父様、がんばってください」
「がんばって、くださいですわ」
ファインとフォルンも大公を励ます。そして。
「フミネ、これは試しの儀ですわ! 勝ってくださいませ」
「勝っていいの?」
このフォルテとフミナの会話である。
ここまでの流れで、大公は非常な不安を覚えてしまった。気づいてしまったと言うべきか。
「あの、私が負けるのが前提に聞こえるのだが、どういうことかな」
「そういうことですわ!」
フォルテが胸を張って即答した。
「お父様はフミネの戦いを見たことがありますか? もし見ていないとなれば、勝敗は自ずと知れますわ」
「そこまでなのか?」
「いえ、今の段階でしたら、お父様の方が強いでしょう。ですが勝敗は強弱で決まるものではありませんわ。わたくしたちはこの2週間で、それを思い知らされましたわ」
「ど、どういうことかな?」
「フミネが不利になるようなことは言えませんわ。ですが一言だけ、戦いとは非情なもの、ですわ!」
大公は思う。ここで怯えさせて、自分の有利に持ち込もうというフミネの策略ではと。しかし、やると決めた以上、やるしかない。冷静に、平静に、心を静めて戦えば良いだけだ。
◇◇◇
「では、勝敗条件は閣下にお任せいたします」
「そうだね。生死にかかわるような怪我はさせないこと、後遺症も無しということで、気絶か降参でどうだろう」
「わかりました。では、やりましょう。いつでもどうぞ」
甘いと思いつつも、大公が大きく踏み込む。彼我の距離は5メートルほどだ。無きに等しい。そして、フミネも踏み込んできた。
「やあぁ」
確かに鋭い。馬鹿真面目に真っすぐ行けばカウンターすらあり得る。だから大公は身体を捻じりながら沈める。フサフキの本領だ。フミネの驚愕する顔が見える。
そう、フサフキを使えるのは聖女だけではない。
どん!
「ぐばぁっ!」
大公の肘をモロに腹に受けて、フミネが悶絶しながら倒れ込んだ。どこからどう見ても大公の勝利だ。ソゥドで幾分か強化したのだろうか、意識を失うところまでは行っていない。だが、それが逆に苦しみを増している。
だから、口からだらしなく涎を垂らしながらのたうつフミネに、大公は手を差し伸べてしまった。周りにいる、フォルテは勿論、メリアも、ファインもフォルンも、何も行動していないにも関わらず。
大公がそっと、フミネを抱き上げようとし、フミネもまたそれに身を任せた。二人の距離がゼロになったとき、大公の意識が暗闇に覆われた。
◇◇◇
「お目覚めですか?」
大公が目覚めた時、その場にいた全員が彼を見下ろしていた。
「だから勝てませんと言ったのですわ」
「まさかとは思うが、負けたふりをして首を絞めたということかな?」
「概ねその通りですよ。ですけど、あの打撃は本物でしたし、苦しんだのも事実です。凄い動きでしたね」
けろりとした表情でフミネが言う。
「それはアリなのかな?」
「さあ、わたしの世界ではアリだったと思います」
どういう世界か、ニホンという国がどれだけ殺伐としているか、だからこそ聖女が生まれるのか、大公としては大混乱である。
「手数においては、フミネさんは凄いですよ。わたくしの時など、舌を噛んで吐血を偽装したくらいですもの」
メリアが恐ろしいことを言う。
「ぼくの時なんて、腕が折れたふりをして転げまわっていました」
少年にトラウマを与えてでも勝利する。
「それもまた、フサフキなのか……」
大公はごちる。
「では、もう一本いきますか。閣下は納得されていないでしょうから」
「まだ、やるというのか」
「ええ、9割方負けるでしょうけど、それもまた芳蕗の餌というものです」
心底から大公は感服した。フサフキがどのようなものか、自分はまだ分かっていなかった。まあ、こんなノリでバトるのは、かーちゃんとフミネくらいのものだが、本物の芳蕗を知るのもまた、二人だけなのだから。いや、もしかしたら、初代フサフキ、フォルフィナファーナ・フサフキは知っていたかもしれない。
「ですが、勝つのはわたしですよ。芳蕗において1割勝ち目があれば、それで十分なんですから」
フミネは不敵に笑った。




