第174話 第6世代オーバースレイヤー級甲殻騎
「な、何だ、それは?」
女王の行軍を真正面から見たウォルトは、思わず言ってしまった。それくらい目の前の物体は異質だったのだ。
甲殻騎なのであろう。多分、そうなのだろう。だが、本当にそうなのか? 根源的な疑問が沸き上がる。それに意味があるのか?
その甲殻騎は、オゥラ=メトシェイラは以前よりさらに形状を変化させていた。足首は踵がさらに伸び、つま先は鋭く尖り、ハイヒールを履いているが如くであった。膝にあった大きな突起はなりを潜め、出っ張ってはいるものの、それほどの主張はしていない。それは、肩、肘、そして背中も同様であった。すなわち、より人間的形状に近づいていた。
さらに、オゥラ=メトシェイラであった甲殻騎は、穂先を持たなかった。両手手首の代わりに穂先が付いていたその箇所には、フォートラント=ヴァイと同じく手があった。明らかな5本指。すなわち素手である。
「服を、着てる」
アリシアも感嘆する。オゥラ=メトシェイラはフィヨルトの軍服、しかも儀礼式軍装によく似た服を纏っていたのだ。
甲殻獣の皮で作られた濃灰色一色の生地に、紫と銀の装飾が施され、両胸にはフィヨルトの国章とフィンラントの紋章が彩られていた。突起部やスラスターは服の外側に添えられ、まるで装飾のようだ。ただし胸元は多く開き、まるで華麗な礼装を着崩したようにも見える。そしてそこには。
「何故だ、何故、首がある?」
オゥラ=メトシェイラの胸部は中央が大きく前にせり出し、そこに操縦席があった。前がフミネ、後ろがフォルテ。左右が入れ替わった配置になっていた。
そして、頭部である。そこには頭と言うしかないものが設置されていた。それゆえ、操縦席が前にズレたのだ。
顔があった。鋭く鋭角を描いたフォルテと同じ緑色に輝く両目があった。鼻から下は無骨なマスクのような形状となっており、さらに頭部全体は兜をかぶったような、そんな形状をしていた。ちなみにアンテナが2本生えてはいない。セーフである。
完全な人型を取り、服を纏い、ハイヒールを履いたオゥラ=メトシェイラは、まるで男装の麗人のような雰囲気を醸し出していた。
◇◇◇
「ほほほっ。驚きましたでしょう!」
そりゃ驚くだろうさと、フィヨルト側の全員が思った。
「格好良いと思いませんか?」
フミネの振りに返事は無い。ノリの悪いことだ。
「まったく、釣れない態度ですわね」
そう言ってフォルテが首を横に振ると、同じようにオゥラ=メトシェイラがやれやれと言った風に首を振る。フォートラント側がそれを見て、何度目かの驚愕を露わにした。頭が可動している? 飾りではない? そこにどんな意味が?
「フォルテ、理解出来てないみたいだよ?」
「まったく、困ったものですわ。折角だから教えて差し上げましょう」
戦場において、何様だろうか。
「そもそも甲殻騎とは、かのフォルフィナファーナ様が甲殻義肢より出発し、甲殻武装を経て、聖女フミカ・フサフキ様の案を基に造られましたわ。すなわち人体を置き換えたもの。頭部を持たなかったのは、意味が無かったからですわ。操縦席がそこにあるのは、頭が無い余剰空間だからですわ」
そうだ。意味はない。だがフォルテは先ほど、意味があるという含みを持たせた。
「確かに目も見えず、音も聞こえず、声も出ない。そんな頭部に意味はありませんわ」
「まさか、その目は見えているというのか?」
恐る恐るウォルトが聞く。
「残念ながら見えてはいませんわ。ですが、頭部がある事自体に意味がありますわ! わたくしとフミネで思いつきましたのよ」
禅問答のようなやりとりに、周りが困惑する。実はフィヨルトの騎士たちも、甲殻騎に頭を付ける意味は聞かされていなかったのだ。そもそも、フォルテとフミネ、特にフミネのやることだから、格好良いって意味くらいに思っていた。酷い。
「騎士団長バルトロード卿、あなたなら分かるのではなくて?」
フォルテが突然、騎士団長ビームラインに話を振った。彼には何のことやら分からない。そもそも、何故自分に?
「あらまあ、では切っ掛けを与えましょう。わたくしとフミネは名の通り『フサフキ』を旨として戦いますわ。卿ならば『バルトロード』ではなくて?」
「頭、バルトロード。……そうかっ!」
「なっ、分かるのかビームライン!」
なんかどこかで聞いたようなやり取りの果てに、騎士団長が気付く。
「そう、わたくしたちの磨いた技は、頭部あってのモノですわ」
「考えてみれば分かりますよね。例えば拳を繰り出す時、槍でもそうですよ。首を捻りませんか? それを前提に身体を動かしませんか? そういうことですよ」
フミネが付け加えて解説してくれた。頭部は弱点であると同時に、人の身で磨いた技を再現するのに必要な部位であると。それこそが甲殻騎の本質であると。
ついでに言えば、オゥラ=メトシェイラの頭部内には、バラストとして大型の核石が収められている。その核石は主に手首と足首を主とした、各種関節系の強化に回されていた。2個の核石にソゥドを通せるのはフォルテくらいなものであるし、それを制御出来るのはフォルテと組んだフミネくらいだ。制御だけならアリシアがやってのけるかもだが。
つまりはこの騎体、完全に二人専用であった。
「では答え合わせも終わりましたわ。そろそろ始めましょう」
「そうだね」
途端空気が変わり、フォルテとフミネの声にソゥドが籠り、凛とする。
すわと、フォートラント側が身構えるも、二人は動かない。逆に軽く両脚を開き、腕を組み、どっしりと屹立していた。
そう、いつものアレだ。
◇◇◇
「この子の名前は、第6世代オーバースレイヤー級甲殻騎!」
まずはフミネが叫ぶ。その声は戦場に響き、戦闘中であったはずの戦域全体が静止した。それで良い。啖呵とは、全員が傾聴しなければいけないからだ。
「ソゥドを込め、フィヨルトの衣を纏いて、フサフキの技を繰り出す新たな姿!」
フォルテが続ける。ノリノリだ。
『この子の名前は、オゥラ=メトシェイラ・ソゥド=マニューバァ!!』
第6世代を自称する、傲岸不遜。姿は華麗にして傲慢。騎体からまき散らされる、濃密で暴力的で流麗なソゥド力。濃灰の衣装を纏ったソレは、まさしく悪役令嬢に相応しい甲殻騎である。
「わたしの名前は、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント! 『悪役聖女』!!」
「わたくしの名は、フォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルト! 『悪役令嬢』ですわ!!」
この世界に誕生した新たな甲殻騎が、一歩前に出た。