第170話 質で勝てないなら、数で勝つしかない
「さあ、行きますわよ!」
「おうさあ」
オゥラ=メトシェイラが勢い良く跳躍機動を開始した。なにせ、ここはまだ敵の捜索範囲外だ。一気に突っ込まなくては、体制を立て直される可能性が高い。当然、その意識は全騎士団に共有されており、誰もが一刻も早い接敵を目指して突き進んだ。
「見えましたわ」
「見えたああ!」
フォルテと第1騎士団副団長クーントルトの声が、反対側から重なった。どうやら競走については、並んでゴールインらしい。だがここからまた競争が始まる。
フィヨルト最強の騎体はどれか。言うまでも無く不動の第1位はオゥラ=メトシェイラを駆る、フォルテとフミネとなる。問題は第2位以降なのだ。立候補者? を上げるならば、ファインとフォルン、アーテンヴァーニュ、この2組が第8騎士団のナンバー2と3だ。どちらが上とは何とも判断しにくい。そして、第1騎士団からは、フィートとクーントルトの2騎だろう。さらには第3騎士団のアーバント、第4騎士団からリリースラーンが候補に挙がる。
要は、ダントツ1位と2位を争う4騎が一緒になって、敵に飛び込んだという事だ。その相手は近衛である。相手は約30騎でこちらは40騎。とは言え、近衛の周りには第8連隊の精鋭もうじゃうじゃしていた。
「うおりゃあああ!」
「そうりゃあ!」
勇ましい声だが、もはや誰が誰だか分からない。とにかく目の前どころか、視界に入った敵を如何に効率よく潰すかの勝負になっていた。何との勝負だ。
「そこで引っ込んでいる国王陛下! 歩くことも出来ませんの?」
「何おお!」
遠くに見えたフォートラント=ヴァイに向かって、フォルテが叫ぶ。それに対しウォルトも叫び返した。良くもまあ、二人とも声が届くモノだ。
「いけません、陛下!」
何騎かの近衛がウォルトを引きずり、後退を計った。左翼のアリシアもそれに同調する。
「アリシア! どうして!?」
「乱戦は危険です。それに!」
「……そうか、そろそろか。分かった。後退だ」
「殿は俺が」
「クエスリンク!?」
お前は私の護衛だろう。という言葉を吐くことも出来ず、ウォルトは後方へと送られていった。そして、対峙するのは第1、第8騎士団の精鋭と、これまた近衛の精鋭、足すことのクエスリンクであった。
「うーん、まあ昔の柵もあるし、わたしがやるよ」
「任せますわ!」
面倒臭そうに、アーテンヴァーニュがクエスリンクに向き直った。そしてそのまま何も言わず、大きく低く踏み込んで短槍を繰り出した。
「なっ!?」
クエスリンクの台詞はそれだけだった。胸部に大穴を開けて、クエスリンクの騎体は崩れ落ちた。アーテンヴァーニュがフィヨルトに渡ってひたすら練り上げた、フサフキとバルトロードを融合した、渾身の一撃だった。
「今回だけは見逃してあげるから、もうちょっと腕を上げておいで」
「……」
何とも容赦のない無情な有様に、アーテンヴァーニュとクエスリンクの昔を知る者は、同情を隠せなかった。
◇◇◇
フォートラントは連携と数で戦おうとするが、フィヨルトがそれを許さない。戦場は完全に乱闘状態になっていた。ほんの一部が打倒され、一部が互角に、そしてさらに一部が圧倒的な破壊行為に及んでいた。乱戦下において、フィヨルトのトップ達を止めることの出来る敵はいなかった。
だが、それがやってきた。
「全軍撤退!?」
「はい。間違いありません。参謀副長の命令です。3重に確認しました」
クーントルトは思わず聞き返した。決死の形相で戦闘中の甲殻騎の肩に降りた情報部員が、切迫しながら言ったのだ。信用するしかない。
「撤退だあ! 各騎、独自判断で退路を開け! 騎士の拾い上げは情報部に任せていい!」
「撤退ですわね」
「どうしたんだろうね」
フォルテもフミネも、突然の撤退命令に驚いていた。驚いてはいたが、ケットリンテの指示を信じるしかなかった。これまで周りを薙ぎ払ていたのが嘘の様に、一気に後退体勢に入る。但し、殿だ。
「全軍撤退! 殿はフォルテとクーントルトさん、ヴァーニュとフォルン。後、えーっと」
「フィートとアーバント、リリースランですわ!」
「とにかく全軍撤退!」
フミネが指示を飛ばす。もうめちゃくちゃだ。しかもクロードラントも訳が分からない状態である。それが故に撤退は比較的容易であった。
◇◇◇
「それで、どうしましたの?」
前線指揮所に戻って来たフォルテがケットリンテを問いただした。
「援軍が来たの」
「援軍? 第10連隊?」
フミネが可能性を語った。それくらいしか思いつかないのだ。
「違う、第1連隊が来た」
「第1連隊ですの!?」
フォートラント第1連隊。それは近衛を除けば王国最精鋭であり、王都ケースド=フォートランの守りのはずだ。それが、来た?
「とにかく指令室に集まって、今後の検討をするから」
ケットリンテの言葉にフォルテとフミネは従うしかなかった。
「今朝の戦いでの全軍の損耗は、43騎です。ここに第1連隊が来ます」
余りに冷酷な事実がケットリンテから語られた。
「本当なら、明日で勝負を決める予定でしたが、そうは行かなくなりました」
今日の朝駆けで相手の主力を損耗させ、士気を削り、さらに第5連隊崩壊の知らせが届くはずだ。そうなった場合、フォートラントがどうするのか。南方からの第10連隊を待つならば、逆にそれを先に叩く。そうでなく、単独で前進してくるならば、最終手段を以て決着をつける予定だった。
「敵は第1連隊を迎え入れた後、第10連隊とも合流するでしょう。それから数で押し切りに来るはずです」
質で劣るとは言え、敵の数が400騎近く増えることになる。それに対し、こちらはすでに3割近い損耗を出している。勝てるか、と。
「どういたしますの?」
「クローディアまで引きます。そこで補給と整備を受けて、さらに色々とやってから、最後に最終手段で対抗します」
「それしかありませんわね。疲労もあるでしょう2日をかけて、戻りますわ」
「うん、それでいいと思う」
フォルテとケットリンテのやり取りで、今後の方針は決まった。要塞化したクローディアならば、数にも対抗できる。地の利もある。それに縋るのだ。
「ケッテ、最後に聞かせてくださいませ。これは想定外ですの?」
「想定1からはズレた。だけど想定4の2。大丈夫。想定内だよ」
「そうこなくては、ですわ!」
どうやらフィヨルトはまだまだ負けない様だった。
◇◇◇
「第5連隊が壊滅状態だとっ!?」
「はい。相手はフィヨルト第1、第4騎士団です」
「2個大隊にやられたと!」
「歩兵たちが身を挺して甲殻騎の援護をしたようです。敵の損耗も甚大だとの報告です……」
第5連隊からの伝令はそう言って、うずくまった。彼とて負傷を推してここまで来たのだ。
「彼を救護所へ。報告ご苦労だった」
それを見たウォルトは鷹揚に指示を出した。ここで動揺しては、折角の第1連隊までもが士気を落としかねない。
「良いか! 第1と第10連隊の到着を待ち、進軍する。連携を密とせよ。敵は何処からでも来ると思え! 前は勿論、横でも後ろからでも、そして空からでもだ。絶対に奇襲を許すな!」