第168話 鉄はハンマーで叩くモノ
その頃、南方経路を行くフォートラント第10連隊の進軍は、遅々として進んでいなかった。ちなみに、南部諸侯軍も含まれているが、その数は非常に少ない。フォルテによる恫喝が南部諸侯を大いにビビらせていたからだ。体調が悪いだの、身内に不幸だの、まるで大学のレポート提出に遅れたが如くの言い訳で、戦力を出し渋ったのだ。
さらには、経路にあたるサウスダートのサボタージュだ。態々簡易関所という検問を増やして、平和的遅滞行動を自発的に取ってくれていた。
「絶対に後で取り立ててやる」
サウスダート王、セイサラーンケーン・ジェスタリア・サウダーの言であった。
そういうわけで第10連隊は、大幅に遅参することになる。それがこの戦争にどの様な影響を与えたのか、どちらにしろフィヨルトの策略によるものなので、もしもは無い。
◇◇◇
そして中央だ。こちらは勿論大本命のフォートラント第9連隊、さらには凖第5世代改修を受けた第8連隊と近衛が揃っていた。受け止めるは、フィヨルトの全軍。それだけだ。
フォートラント参謀部は、非情な選択をした。そして王もそれを認めた。まず第4世代の第9連隊を押し出し、敵の戦術を計りつつ、削る。それが第一段階だった。
「想定1の4は、詳細想定1-4-5へ移行」
「了解、1、4、5」
暫定国境線から3キロほどに設置された前線指揮所で、ケットリンテが新たな指示を出した。
「フォルテ。近衛に突撃して帰って来れる?」
「無理、ですわ」
「翼を掴まれてお終いだね」
「そうだよね」
ケットリンテの質問に、フォルテとフミネがネガティブと答える。如何な二人を以てしても、オゥラ=メトシェイラはスーパーロボットでは無い。たまに二人の気合で、単騎で戦局を覆す能力はあるものの、無敵ではないのだ。まあケットリンテがあんな質問をしてしまう位には、十分凄いのだが。
とは言え、ここには第1と第4を除くフィヨルトの戦力全てが結集されていた。南方は情報収集の上、無視というか、後回しで決定されている。しかも数時間後には二人のフサフキが居る第1騎士団もやってくる。まさにフィヨルトの全力戦闘が出来る状態であった。
「じゃあ僕も行くよ。ケットリンテ嬢、参謀部に全権を委任する」
「畏まりました」
予定通りの行動であるが、それでもしっかりと言葉に出すことは大切だ。ライドがケットリンテに全権委任を言い渡す。彼も出撃する時がやってきたのだ。
「シャーラ、付き合わせて悪い」
「何言ってるの、わたしも大公家の一員で、そして悪役令嬢なのよ?」
「あはは、そうだったね」
そうして二人は専用騎『ハクロゥ』に乗り込む。横にはファインとフォルンの乗騎『クマァ=ベアァ』もすでに立ち上がっていた。ここにオゥラ=メトシェイラを加える事で、フィンラント大公家全員が戦場に立つこととなった。
「やっと一緒に戦えるね、姉さん」
「無茶はダメですわよ?」
「頑張るよ!」
「頑張りますわ!」
何とも賑やかなフィンラント大公家であった。それを直接の血の繋がりが無いフミネとシャラクトーンが、楽しそうに見守っていた。中央が見たら、目を回してひっくり返る様な光景だ。大公家直系全員が戦場に立つという狂気である。これがフィヨルトなのだ。
「さて、この子の本当の姿。お披露目も間近かですわね」
「本当の姿とか真の姿とか、オゥラくんも大変だ」
「成長してしまうのですから仕方ありませんわ」
さてここで現在のフィヨルトの全戦力を紹介しよう。
北方戦線に回された第1、第4騎士団を除く、すなわち、第2、第3、第5から第8、そしてクロードランド出身者によって構成された第11から第13騎士団。合計9騎士団、26個中隊相当にあたる。合計約240騎だ。
対するフォートラントは第9連隊は増強され、第4世代ながらも200騎。さらには本命たる第5世代化された第8連隊もまた増強され210騎、ここに近衛30騎を加える事になる。
戦力差は約2倍。ここにフォートラント第5連隊と第10連隊が加われば、更に倍であったのだが、未だ姿は見えない。
そしてフォルテによる宣戦布告からほぼ2時間、中央同士の戦闘が開幕した。
◇◇◇
迫りくるフォートラント第9連隊を受け止めたのは、フィヨルト第2、第5、そして第11、第12、第13騎士団たちだった。特にクロードラント組で構成される第11から第13騎士団はスラスターを持たない、所謂サク・スレイヤー級で構成されており、機動戦には向かない。よって、受けに回る。
「貴様ら、クロードラントかあ!」
「フィヨルトだよ! だからどうした!」
よりによって、クロードラントの甲殻騎は濃灰色ではなく、明灰色に緑を通したクロードラントカラーをしていて、一目瞭然であった。そこには、第8騎士団第4中隊、すなわちアグレッサー部隊も加わっている。
「おらあああ!」
「来いやあああ!」
何とも暑苦しい戦いではあったが、守りには定評のある第2騎士団と第5騎士団の助けもあり、クロードラントの連中は、相手を押しとめることに成功していた。しかも仮にもこちらは第5世代相当である。その反応性に優れた騎体の動きは、第4世代甲殻騎を凌駕する。
「さあさあ、回り込むぞ、急げ急げ! お嬢に遅れるな!」
「閣下に合せるのだ。機会を見誤るな!」
戦場の北側を突き進む、第3騎士団長アーバントと第7騎士団長リッドヴァルトの叫びであった。何と言っても第6騎士団と第8騎士団は南側を走っているはずだ。彼女らは速い。遅れれば後で何を言われることか。
「お退きなさいな!」
「どんどん行くよ!」
「退け、退け! 大公閣下の進軍だぞ!」
こちらは南側の、第8騎士団と第6騎士団である。フォルテが叫び、フミネもそれに乗っかる。ついてに第6騎士団長リリースラーンも、相変わらず武士っぽく声をあげていた。
もう大体お分かりであろうが、敵の進軍を抑え込み、左右から回り込む形。すなわち半包囲からの、鉄床戦術である。流石にこの規模の甲殻騎戦闘では、歴史的にも前例はない。だからこそ、ケットリンテはそれを採用した。北と南から援軍が来ないという前提はすでに得られている。
「情報伝達が速いと、ここまで楽とは」
指揮所でケットリンテが黒く笑う。今も正にリアルタイムで戦況が上空から観測され、報告が押し寄せて来るのだ。そして行けると判断する。
◇◇◇
そしてついに、4騎士団がフォートラント第9連隊の後ろを取った。ここからは攻撃だ。連隊の後ろからただひたすら、金床にハンマーを打ち込む作業に入る。だが、フォートラントとて黙ってはいない。第8連隊の一部を、フィヨルトを阻害するために前進させた。なにも第9連隊を見殺しにしようとしているわけではないのだ。だが。
「ここは通しませんわよ!」
「ほらほら、フィヨルトの特攻隊長のお出ましだよ。通れるものならやってごらん!」
第8騎士団、第1中隊と第2中隊が立ちふさがった。寄りによってフィヨルト最強と、フィヨルトでも頭のおかしい部類に入る狂戦士のお出ましだ。
そんな二人に鍛え上げられた二つの中隊は、事実上フィヨルト最強の部隊と言える。
「ライド、シャーラ、ファイン、フォルン! お行なさい! 必ずやり遂げてくださいませ!」
「アーバントさん、リリースラーンさん、リッドヴァルトさん! こっちは抑えておくから、ねっ!」
フォルテとフミネの言葉を受け取り。第3、第6、第7、第8騎士団が金槌を振り上げた。
「行くぞおらああああ!」
流石はフィンラントの血を引きし者。ライドが先頭となり、普段では考えられないような叫び声を上げ、敵後背に突撃をかけていった。